2013年02月16日

第1章 ポーツマス会議 7.閣議(1)

 第7回本会議の議事録と、秘密会で提案のあった妥協案への指示を求める日本全権からの電文が届いたのは、日本時間の19日早朝であった。

 首相兼臨時外相の桂は電文を一読すると、早速諸元老と主要閣僚並びに満州軍関係者を霊南坂の枢密院議長官邸に集め、協議を始めた。



 「小村全権からの報告では、樺太を北緯50度で南北に分割し、北半分をロシアに返還する代償として、12億円の支払いを要求する、という内容ならば、妥協が成立する可能性がある、とあります」

 出席者一同、驚いた。前日に届いた電文では、会議決裂が迫っている、と書かれており、ルーズベルト米大統領の調停が成功することを祈るのみだったのだから、これはまさに急展開だった。

 「妥当な判断だと思う。賠償金は全面的に拒絶しているのだから、樺太北半分の代金として12億円なら、ロシア政府も納得するのではないか」

 伊藤博文枢密院議長が発言し、同調する声が広がった。

 「但し、ロシア側が代償金を10億円以下にするよう主張した場合は、直ちにポーツマスを引き揚げる、ともあります」

 桂の報告に、閣僚達の間から賛否両論が沸き起こった。

 「それでも仕方ない、講和を結ぶべきだ」

 「否、賠償金の代わりとしては、安過ぎる。決裂覚悟で、強硬に要求を押し通すべきだ」

 室内が騒然となる中、桂は

 「山縣参謀総長、満州はどのような状況だったでしょうか」

と、陸軍参謀総長の山縣有朋に問うた。山縣は7月21日から満州に赴き、派遣軍の状況と将兵の士気調査を行って先日帰国していた。

 「大山総司令官以下の情報を統合して検証した結果、ロシア軍の増強は予想以上に進み、リネウィチ総司令官の指示の下、戦線の整備も着々と整えられているようだ」

 「ロシア軍の総兵力は?」

 「歩兵538大隊、騎兵219中隊、砲兵207隊。これは我が方のおよそ3倍に達する」

 一同は呻いた。しかも、増強されたロシア軍将兵は欧州方面から送られた精鋭部隊で、連敗の汚名を返上しようと戦意も盛んであるという。

 「例え我が軍がハルビン攻略を目指しても、途中に3つの堅固な陣地があるそうだ。1つ占領するのに死傷者2~3万人は覚悟しなければなるまい」

 「よく分かりました。曾禰さん、現在までの戦費と、外債の募集額は幾らになっていますか」

 今度は大蔵大臣の曾禰荒助に問うた。

 「戦費は約18億2千万円、外債は4回の募集で合計8200万ポンド(約8億円)となっています」

 「もう2、3度、募集出来る見込みは?」

 「前回の募集の際、欧米銀行団には、これが最後だという旨を伝えて募集を掛けています。それなのにまた募集となると、彼らは担保に不安を抱くかもしれません。後は、高橋副総裁の交渉に掛かっています・・・・・・」

 「仮にハルビン、ウラジオストク攻略作戦を行うとして、後どの位の戦費が必要になりますか」

 「まず、ハルビン攻略自体が、上手くいっても年末まで掛かるだろう。ウラジオまで進軍するとなると、1年以上の継戦は覚悟しなければなるまい。そうなると、17、8億円でも足りるかどうか・・・・・・」

 「17、8億円ですと!?現在でも死力を尽くして18億円を捻り出しているのに、更に同額を準備せよ、と・・・・・・!!不可能です、財政は完全に破綻するでしょう!!」

 悲痛な叫びを上げる曾禰に頷くと、山縣は声を張り上げた。

 「はっきり言って、ウラジオ占領でも講和が成立しない場合、それ以上の進撃は不可能だ。ロシア軍を再起不能にさせることは望めず、万が一、戦費調達に支障を来すようなことがあったら、弾薬も糧食も底を突き、全軍が大陸の原野に立ち往生しなければならなくなるだろう」

 「戦争継続は到底不可能、ということで宜しいですか」

 桂が結論を求めた。反対意見は、無かった。

  


Posted by なまくら at 13:01Comments(0)創作