2014年08月24日
第1章 ポーツマス会議 12.新聞操作
滞在先のホテル、ウェントワース・バイ・ザ・シーの外には、いつものように新聞記者達が記事のネタを取りにやってきていたが、いつも饒舌なウィッテは
「お互い、平和への最後の望みをかけた交渉を行った」
とだけ伝え、追いすがる記者達を振り切ってさっさと部屋に帰ってしまった。
続いて、日本全権が到着した。
数名の記者が無駄だと思いつつも、小村達を取り囲んだ。
身長160cmに満たない小柄な小村を白人達が取り囲む。小村は自分より背の高い男達を見上げながら口を開いた。
「ロシアは償金放棄を条件に、樺太全島の割譲を提案してきたが、樺太は古来より、我が国の領土であります。日露の外交関係が始まった頃、ロシアは軍事力が未整備という我が国の弱味を巧みに利用し、平和的手法を装って島を強奪しました。30年後の現在、日本はロシアと軍事的に対等になり、この度の戦争で漸く島を奪還することが出来ました。我が国としては、是非ともこの機会に、ロシアが過去の過ちを謝罪し、島を日本に返還してほしいのだが、仮にロシア皇帝が謝罪も返還も拒否するのであれば、戦争は続くことになるでしょう」
珍しく口を開いた小男の言葉に、記者達は一様に驚きを隠せなかった。更に数名の記者が小村達のところに駆け寄ってきた。
「島に関するそのような話は初めて耳にしたのですが、それは事実ですか?」
記者の1人が訊ねてきたので、小村は大きく頷いた。
「詳しく知りたければ、間宮林蔵という日本人のことと日露外交の歴史を外務省に問い合わせてみて下さい。わたしの言ったことが間違いないことが分かるでしょう」
また別の記者が訪ねた。
「償金は放棄するのですか?」
「日本は金欲しさに戦争をしたのではありません。ロシアが侵略行為を深く反省し、二度と極東に戦争の惨禍を巻き起こさないと約束するのであれば、日本、いや世界は償金以上のものを手に入れることが出来るでしょう」
必死にメモをとる記者達の目が輝いていたのを、小村は見逃さなかった。
一方その夜、ウィッテは酷く憔悴していた。
夕刻、会議の状況を本国に伝えた後、彼のもとに届いた返電には
「謝罪及び東清鉄道放棄の要求には応じない。領土は寸分たりとも割譲しない。貴殿は交渉決裂を告げ、速やかに帰国すべきである」
とあり、更にこう続いていた。
「貴殿は先の皇帝陛下の勅命を無視し、あろうことか領土割譲の提案を行った。陛下はたいそうお怒りである」
ウィッテは絶望的な気持ちになった。
「閣下の秘策は日本側に逆手に取られたようです。明日の朝刊は、我が国に講和を強く迫る内容になるでしょう。しかし、交渉打ち切りの勅命がある以上、我々はこれ以上会議を続けることが出来ません」
傍らのローゼンは溜息を吐いた。
「どう考えても、八方塞がりだ。しかし、考えようによっては、本国が真剣に講和を考える契機になるかもしれん」
「そうなることを願いたいですね。ただ、どんな形で講和をまとめようと、我々は銃殺かシベリア送りでしょう」
「しかし、それでもわたしは愛するロシアと皇帝陛下の為に少しでも有利な条件で講和を結びたい。まあ、陛下がわたしを解任してしまえば、それも叶わないが……」
暫し沈黙が流れた後、ウィッテは力なく言った。
「明日、会議の終結を宣言し、帰国しよう。但し、その行程はゆっくりで良い。取り敢えず一旦ポーツマスを出てニューヨークまで引き返し、暫くそこで滞在しよう。その間に事態が好転するのを待つ他ない」
「お互い、平和への最後の望みをかけた交渉を行った」
とだけ伝え、追いすがる記者達を振り切ってさっさと部屋に帰ってしまった。
続いて、日本全権が到着した。
数名の記者が無駄だと思いつつも、小村達を取り囲んだ。
身長160cmに満たない小柄な小村を白人達が取り囲む。小村は自分より背の高い男達を見上げながら口を開いた。
「ロシアは償金放棄を条件に、樺太全島の割譲を提案してきたが、樺太は古来より、我が国の領土であります。日露の外交関係が始まった頃、ロシアは軍事力が未整備という我が国の弱味を巧みに利用し、平和的手法を装って島を強奪しました。30年後の現在、日本はロシアと軍事的に対等になり、この度の戦争で漸く島を奪還することが出来ました。我が国としては、是非ともこの機会に、ロシアが過去の過ちを謝罪し、島を日本に返還してほしいのだが、仮にロシア皇帝が謝罪も返還も拒否するのであれば、戦争は続くことになるでしょう」
珍しく口を開いた小男の言葉に、記者達は一様に驚きを隠せなかった。更に数名の記者が小村達のところに駆け寄ってきた。
「島に関するそのような話は初めて耳にしたのですが、それは事実ですか?」
記者の1人が訊ねてきたので、小村は大きく頷いた。
「詳しく知りたければ、間宮林蔵という日本人のことと日露外交の歴史を外務省に問い合わせてみて下さい。わたしの言ったことが間違いないことが分かるでしょう」
また別の記者が訪ねた。
「償金は放棄するのですか?」
「日本は金欲しさに戦争をしたのではありません。ロシアが侵略行為を深く反省し、二度と極東に戦争の惨禍を巻き起こさないと約束するのであれば、日本、いや世界は償金以上のものを手に入れることが出来るでしょう」
必死にメモをとる記者達の目が輝いていたのを、小村は見逃さなかった。
一方その夜、ウィッテは酷く憔悴していた。
夕刻、会議の状況を本国に伝えた後、彼のもとに届いた返電には
「謝罪及び東清鉄道放棄の要求には応じない。領土は寸分たりとも割譲しない。貴殿は交渉決裂を告げ、速やかに帰国すべきである」
とあり、更にこう続いていた。
「貴殿は先の皇帝陛下の勅命を無視し、あろうことか領土割譲の提案を行った。陛下はたいそうお怒りである」
ウィッテは絶望的な気持ちになった。
「閣下の秘策は日本側に逆手に取られたようです。明日の朝刊は、我が国に講和を強く迫る内容になるでしょう。しかし、交渉打ち切りの勅命がある以上、我々はこれ以上会議を続けることが出来ません」
傍らのローゼンは溜息を吐いた。
「どう考えても、八方塞がりだ。しかし、考えようによっては、本国が真剣に講和を考える契機になるかもしれん」
「そうなることを願いたいですね。ただ、どんな形で講和をまとめようと、我々は銃殺かシベリア送りでしょう」
「しかし、それでもわたしは愛するロシアと皇帝陛下の為に少しでも有利な条件で講和を結びたい。まあ、陛下がわたしを解任してしまえば、それも叶わないが……」
暫し沈黙が流れた後、ウィッテは力なく言った。
「明日、会議の終結を宣言し、帰国しよう。但し、その行程はゆっくりで良い。取り敢えず一旦ポーツマスを出てニューヨークまで引き返し、暫くそこで滞在しよう。その間に事態が好転するのを待つ他ない」