2013年01月13日

第1章 ポーツマス会議 3.樺太割譲交渉(2)

 ポーツマス会議は第5条の樺太割譲を巡り、最初の暗礁に乗り上げた。

 沈黙が会議室を支配する中、小村は桂首相からの内命を思い出していた。



 「『比較的必要条件』を放棄してでも、必ず講和を成立させてくれ。我が国には、最早戦う力は残っていない」

 桂は、今にも泣き出しそうな顔で小村に言った。

 事実、奉天の日本軍は激戦による消耗の結果、僅か20万。弾薬は当初見積もりの10倍を超え、現地司令部からはあと1年以上の弾薬備蓄が無いと戦えない、との報告さえ来ていた。一方のロシア軍は、着々と体制を立て直し、満州北部に軍を終結させつつある。彼我の差は日増しに拡大しているのだ。

 「講和の件、しかと承りました。しかし、事情はロシアも同じです」

 桂の言葉に、小村は素っ気なく応えたのである。

 欧州方面からの情報によると、ロシア国内における動乱は最早手が付けられない状況にあり、革命の危機に陥っているらしい。軍内部にも反政府思想が浸透し、士気も著しく低下しているという。戦争続行など出来る訳が無く、会議が決裂すれば、ウィッテ自身も政治生命を絶たれることは容易に想像出来た。



 (そうだ、苦しいのは我が国だけではない。ロシアも我々と同じか、それ以上に苦しい筈だ)

 目の前の大男を見据えながら、小村は講和会議におけるこれまでの成果を考えた。

 今、講和会議は中盤に差し掛かり、講和条件の内、「絶対必要条件」は一部を除いて妥結した。残された条件の中にも必ず受諾に漕ぎ着けられるものもある。

 (弱味を見せてはならぬ)

 小村は押し黙ったままだった。自分から口を開けば、会議の流れがロシア側に有利になってしまう、そんな思いで沈黙に耐えた。

 暫しの静寂の後、それに耐えきれず先に口を開いたのは、ウィッテの方だった。

 「会議を決裂させることは、わたしの本意ではありません。それを避ける為、本条件の討議を一旦後回しにし、他の条件に移ることも考えられるが、貴殿はどのようにお考えか」

 「やむを得ないが、穏当な提案だと思います」

 場の空気が緩んだ。会議開始より、2時間半が経過していた。


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Posted by なまくら at 13:57│Comments(0)創作
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