2013年04月29日
第1章 ポーツマス会議 9.本国政府の訓令
現地時間21日、金子からルーズベルトとの会談内容の報告を受け取り、翌22日の会議を1日延期することが決まった直後、本国から小村宛に至急電が舞い込んできた。
「政府は貴官らの報告に対し、最も慎重な考量を加えたる結果、以下の妥協案によって会議を成立させるよう指示する。米大統領の勧告にロシア側が耳を傾けず、あくまで代償金支払いを認めない場合は、遺憾ながら速やかに償金を放棄し、樺太割譲に注力するものとする。但し、交渉を円滑に進める為、北樺太獲得には拘らないものとする。それでも妥結の見込み無き場合は、南樺太の割譲要求も放棄するものとする。いずれにしても貴官らの適切な努力で妥協の道が開かれたことは政府において最も満足する所であるが、未だロシア側と妥結に至っていない項目は比較的必要条件であることからして、いたずらに交渉を長期化させて当初の戦争目的が水泡に帰すことは厳に慎まなければならない・・・・・・」
暗号文の翻訳が進むにつれ、全権団の目に涙が浮かんできた。
「なんという弱腰だ・・・・・・我々がこれまでしてきた折衝の努力は何だったのか!」
「政府は国民がどんな思いでこの戦争を戦ってきたのか、分かっているのか!」
「継戦に打って出て死中に活を求めることこそ、講和への近道である!」
全文の翻訳を終えた高平副全権らは口々に政府を罵った後、小村の待つ部屋へ入っていった。
小村は電文に目を通すと、眼を真っ赤に泣き腫らした高平らに何時もと変わらぬ表情で座るよう言い、翌日の会議に臨む打ち合わせを行った。
「本国政府がこのような訓令を寄越してきた理由は、代償金については殆ど絶望的で、割地についても望みが薄い、と考えているからだろう。俺もルーズベルト大統領の勧告にロシア皇帝が応じる見込みは殆ど無いと思う。しかし、次の会議で両要求を撤回するのは愚策ではないか。ロシア側に足元を見られ、政府の言う再交渉まで頓挫することは必至だ。それは日本の外交的敗北であり、今後の関税自主権回復交渉にも影響を及ぼす恐れがある。両要求の撤回は、ロシア側の更なる妥協案を待ってから行うべきだ」
小村の言に、皆が首肯した。小村は彼らを見渡して言った。
「一つ、根競べしようではないか」
一方その頃、ロシア全権にも本国から入電があった。
「皇帝陛下におかれては、一握りの地も1カペイカの金も譲歩してはならぬ、と仰せだ」
こう書かれた本国からの電文に、ウィッテは顔を顰めた。さらに
「談判打ち切りの勅命は、恐らく明日22日夕刻に打電されるだろう」
と記されていた。
ウィッテは
「サハリンは現に日本軍が占領しており、我が軍が奪回することは不可能と思われます。日本側の譲歩も拒絶して談判打ち切りを宣言すれば、我が国は全世界から非難されるでしょう」
と抵抗したが、翌朝のラムスドルフ露外相からの返電は
「皇帝陛下は、日本が要求の全てを放棄しないことを確認したので、ここに談判打ち切りを正式に貴官に命じた。償金問題はもとより、サハリン問題についても、これ以上の討議は不要である。貴官はこの勅命を受けたことを米大統領に告げ、これまでロシアに示してくれた好意に感謝の言葉を伝えよ。ロシア政府は談判打ち切りを声明するので、打ち切りの正確な日時を報告せよ」
という冷淡なものだった。
ウィッテは絶望しながらも返電を発した。
「勅命に従い、明日の会議で声明を発するが、大統領は皇帝陛下に宛てた親電に対する陛下の返電を受け取っていません。それなのに談判打ち切りを宣言すれば、大統領の感情を損ねるでしょう。それを避ける為、最後の会議を引き伸ばしする策をとることを許していただきたい」
「政府は貴官らの報告に対し、最も慎重な考量を加えたる結果、以下の妥協案によって会議を成立させるよう指示する。米大統領の勧告にロシア側が耳を傾けず、あくまで代償金支払いを認めない場合は、遺憾ながら速やかに償金を放棄し、樺太割譲に注力するものとする。但し、交渉を円滑に進める為、北樺太獲得には拘らないものとする。それでも妥結の見込み無き場合は、南樺太の割譲要求も放棄するものとする。いずれにしても貴官らの適切な努力で妥協の道が開かれたことは政府において最も満足する所であるが、未だロシア側と妥結に至っていない項目は比較的必要条件であることからして、いたずらに交渉を長期化させて当初の戦争目的が水泡に帰すことは厳に慎まなければならない・・・・・・」
暗号文の翻訳が進むにつれ、全権団の目に涙が浮かんできた。
「なんという弱腰だ・・・・・・我々がこれまでしてきた折衝の努力は何だったのか!」
「政府は国民がどんな思いでこの戦争を戦ってきたのか、分かっているのか!」
「継戦に打って出て死中に活を求めることこそ、講和への近道である!」
全文の翻訳を終えた高平副全権らは口々に政府を罵った後、小村の待つ部屋へ入っていった。
小村は電文に目を通すと、眼を真っ赤に泣き腫らした高平らに何時もと変わらぬ表情で座るよう言い、翌日の会議に臨む打ち合わせを行った。
「本国政府がこのような訓令を寄越してきた理由は、代償金については殆ど絶望的で、割地についても望みが薄い、と考えているからだろう。俺もルーズベルト大統領の勧告にロシア皇帝が応じる見込みは殆ど無いと思う。しかし、次の会議で両要求を撤回するのは愚策ではないか。ロシア側に足元を見られ、政府の言う再交渉まで頓挫することは必至だ。それは日本の外交的敗北であり、今後の関税自主権回復交渉にも影響を及ぼす恐れがある。両要求の撤回は、ロシア側の更なる妥協案を待ってから行うべきだ」
小村の言に、皆が首肯した。小村は彼らを見渡して言った。
「一つ、根競べしようではないか」
一方その頃、ロシア全権にも本国から入電があった。
「皇帝陛下におかれては、一握りの地も1カペイカの金も譲歩してはならぬ、と仰せだ」
こう書かれた本国からの電文に、ウィッテは顔を顰めた。さらに
「談判打ち切りの勅命は、恐らく明日22日夕刻に打電されるだろう」
と記されていた。
ウィッテは
「サハリンは現に日本軍が占領しており、我が軍が奪回することは不可能と思われます。日本側の譲歩も拒絶して談判打ち切りを宣言すれば、我が国は全世界から非難されるでしょう」
と抵抗したが、翌朝のラムスドルフ露外相からの返電は
「皇帝陛下は、日本が要求の全てを放棄しないことを確認したので、ここに談判打ち切りを正式に貴官に命じた。償金問題はもとより、サハリン問題についても、これ以上の討議は不要である。貴官はこの勅命を受けたことを米大統領に告げ、これまでロシアに示してくれた好意に感謝の言葉を伝えよ。ロシア政府は談判打ち切りを声明するので、打ち切りの正確な日時を報告せよ」
という冷淡なものだった。
ウィッテは絶望しながらも返電を発した。
「勅命に従い、明日の会議で声明を発するが、大統領は皇帝陛下に宛てた親電に対する陛下の返電を受け取っていません。それなのに談判打ち切りを宣言すれば、大統領の感情を損ねるでしょう。それを避ける為、最後の会議を引き伸ばしする策をとることを許していただきたい」
第2章 日露戦の善後 3.鉄道王の来日
第2章 日露戦の善後 2.騒擾(2)
第2章 日露戦の善後 1.騒擾(1)
第1章の結びに代えて
第1章 ポーツマス会議 18.最終会議
第1章 ポーツマス会議 17.ウィッテ陥落
第2章 日露戦の善後 2.騒擾(2)
第2章 日露戦の善後 1.騒擾(1)
第1章の結びに代えて
第1章 ポーツマス会議 18.最終会議
第1章 ポーツマス会議 17.ウィッテ陥落
Posted by なまくら at 09:56│Comments(0)
│創作
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