2014年08月25日

第1章 ポーツマス会議 13.講和会議決裂

 翌日の最終会議で、ウィッテは開口一番、言い放った。

 「貴殿は昨日の会議の後、新聞記者達に我が国のことを侵略国家だと触れ回ったそうですな。これは全くの事実誤認であるだけでなく、我が国に対する重大な侮辱だ。このような扱いを受けた以上、我々は名誉の為に戦う他無い」

 怒りに震えながら拳で机を叩くウィッテに、小村は冷然と答えた。

 「会議中、何度も申しましたとおり、我が国は、樺太は奪われたもの、と認識しております。貴殿が読まれた新聞がどういう書き方をしていたのかは存じ上げないが、島を奪った行為を侵略と呼ぶのは普通の考えではないでしょうか」
 
 「では、日本が清から台湾を割譲させた、あの戦争はどうだ。あれこそ侵略戦争ではないのか」

 「日清戦争は朝鮮を独立国と認めるか否かの戦いでした。台湾は戦争の結果、講和会議で割譲された島であり、我が国が台湾に武力侵攻して戦争を起こしたのではありません。樺太の場合とは全く違うことを理解していただきたい」

 ウィッテは溜息を吐いた。

 「どのように抗議しても、貴殿は考えを改める気はないようですね。かくなる上は、ここでお互い袂を分かち、本国に引き上げる他ないでしょう」

 「それもやむを得ないでしょう」

 小村が静かに答えた後、暫し沈黙が流れた。

 重い静寂に包まれた後、先に声を発したのは、やはりウィッテの方だった。

 「我々は明日、ポーツマスを発ってニューヨークに向かいます。こうなることは予想しておりましたので、昨夜の内にニューヨーク市内にホテルも取っております。後でローゼンの方からホテルの住所と部屋番号を書いた紙を渡させますので、もし貴殿が考えを改めるようなことがありましたら、至急そちらに連絡をいただきたい」

 「了解しました。我々も一旦ニューヨークを経て、西海岸まで移動してから船に乗ります。明日までに、我々の方も滞在するホテルの連絡先をお伝えしましょう。この会議で和平を達成出来なかったのは至極残念でありますが、お互い譲れない部分がありましたので、仕方ありません。出来れば、ここにいる我々だけでも、悪感情を残さないように別れたいが、どうでしょうか」

 「勿論、そのつもりです」

 ウィッテはそう言って、右手を差し出した。小村は一回り大きいその手をしっかり握りしめ、高平とローゼン、他の随行員達もそれに倣った。

 1905年8月24日10時45分。予備会議から数えて16日目、延べ10回に渡るポーツマス会議は、こうして決裂したのである。

 小村はホテルに戻るとすぐに本国に電報を打った。

 「交渉は決裂。速やかに戦闘再開に備えられたし」



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Posted by なまくら at 04:46│Comments(0)創作
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