2014年12月28日

第1章 ポーツマス会議 15.ゼネスト

 そもそもロシアでは、開戦の前から革命が起こり得る土壌があった。

 農民の多くは零細で困窮していたし、労働者は低賃金で働かされており、経営者に怒りを覚えていた。

 国民の3分の1を占める非ロシア系民族の間では、ロシア語強制やロシア正教布教などの同化政策が、彼らの民族感情を逆撫でしていた。

 こうして、不平不満はロシアの下層社会や地理的縁辺部において醸成され、政治問題と化していた。

 しかし、ニコライⅡ世は専制君主であることを神から与えられた使命と捉え、国民に政治的自由を与えることや代議政治を行うことを拒否した為、それが社会と権力との対立点となった。

 この状況は、戦争によって先鋭化した。

 農民や労働者はもとより、企業家、知識階級といった広範な社会層が、専制体制の廃止、議会政治の確立、民主的権利や自由の付与、民族問題の解決、地主所有制度の撤廃を求めて、積極的に革命に参加した。



 最初の大規模な衝突は、1905年1月9日(旧暦=ユリウス暦。新暦=グレゴリオ暦の1月22日。以下同じ)に発生した血の日曜日事件であった。この事件は、未だ皇帝に尊崇の念を抱いていた一部の素朴な国民に衝撃を与えた。

 同年6月14日(6月27日)には戦艦ポチョムキンにおいて水兵の反乱が起きた。軍隊内で起きた革命運動に、政権は震え上がった。

 そして8月13日(8月26日)、ポーツマス会議決裂を知ったモスクワと首都ペテルブルクの印刷工の間にストライキが発生し、モスクワでは警官隊との衝突が起きた。

 8月15日(8月28日)にはモスクワ市内や近郊の鉄道にも飛び火し、翌日には革命政党の影響を強く受ける全露鉄道同盟によるストライキになった。

 戦争継続の生命線であるシベリア鉄道も動かなくなり、総攻撃準備を行っていたリネウィッチ軍に衝撃が走った。

 ストライキは燎原の火の如く全業種に伝わり、電信・電話、郵便、ガス灯などが停止するゼネストに発展した。

 後の世に言う、8月ゼネストの発生である。

 120の都市で200万人の労働者がストライキに参加した。50以上の都市や労働者居住地区で労働者評議会「ソヴィエト」が設立され、革命闘争を指揮するとともに実質的な行政機関として機能した。印刷工のストライキから1週間後、ソヴィエトはペテルブルクにも現れた。

 初等、中等学校、大学の授業は中止され、銀行や商店は閉店した。

 多くの著名な画家、詩人、作家は、専制を批判する作品を創ることで革命に参加した。

 ゼネスト中、「皇帝政府打倒!」「戦争反対!」「民主共和国万歳!」のスローガンが叫ばれた。

 首都の治安は極度に悪化し、港には皇帝がデンマークに亡命する為の駆逐艦が秘かに用意される事態になった。

 一方、戦費調達に関しても、何より、フランスからの外貨導入が困難になり始めていた。

 最早、戦争継続など不可能であった。



 9月3日。未だニューヨークに留まっていたウィッテら元ロシア全権の下に、本国から電文が届いた。

 「速やかに日本との交渉を再開し、講和を成立させて帰国すべし」

 そして、電文には続きがあった。

 「償金には1カペイカたりとも応じないが、サハリン割譲には応じる準備がある。鉄道に関してはなるべく我が国に有利な条件で妥結せよ。兎に角、一刻も早く講和をまとめて帰国し、国内の治安回復に力を貸してほしい」

 皇帝自ら、講和締結を認め、ウィッテに助けを求めた内容であった。実はウィッテ起用を進言したのは皇太后マリアであったのだが、勿論ウィッテ達は知る由も無かった。

 交渉決裂以来1週間、ウィッテは押しつぶされそうな不安感の中で日々を過ごしていたが、それが一気に消え去ったのを感じた。すぐさまローゼンがルーズベルト大統領と会談し、交渉再開を告げた。

 「皇帝陛下は未だ戦端が開かれていない今が、和平への最後の機会だと申しております。日本に平和への意志があるのであれば、再度ポーツマスに戻って会議を再開したいと考えております」

 この内容はルーズベルトから金子を通じ、小村の下に伝えられた。

 「これで随分、楽に交渉できるぞ」

 金子からの電文を受け取った小村は高平にそう言うと、窓際に立って外を眺めた。

 窓の外では、ニューヨーク市民が忙しそうに歩き回っていた。



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Posted by なまくら at 00:37│Comments(0)創作
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