2014年12月30日

第1章 ポーツマス会議 17.ウィッテ陥落

 「侵略とは、大国が小国を脅かす行為を言うのでしょう。清は先の戦争で我が国に負けたとは言え、今でもアジア一の大国であります。大国・清を小国・日本が侵略するなど、あべこべも良いところではないですか。御心配には及びません」

 それに、と続けた。

 「満洲の門戸開放はアメリカ合衆国やイギリスが望むものです。仮に、それに反するような講和を結べば、欧米列強の反発は必至でしょう。ところが、南部支線の我が国への譲渡という条項に対し、今のところ列国からの抗議は一切ありません。つまり、国際社会は日本による満洲の排他的領有はあり得ない、と信じているからこそ、南部支線の譲渡を容認しているのです」

 小村はウィッテの渋面を見据えた。

 「また、東清鉄道本線が国際管理に委ねられるということは、貴国にとっても悪い話ではない筈です。鉄道技術や資本力に優れた列国が資本参加するならば、線路改良が進み、輸送力は飛躍的に強化されるでしょう。東アジアと欧州を結ぶ主交通路はスエズ運河経由から東清・シベリア両鉄道経由に移行し、輸送量は今の数倍になる筈です。鉄道収入の増加により、貴国は外債償還が容易になり、我が国も南部支線を経営することで利益を得られます。日露両国が恩恵を受けるのですから、反対する理由などありますまい」

 「では、既に決着の着いた長春-大連間だけで十分ではないですか」

 「主要都市や港湾を結ぶ鉄道という性質上、日本経営線の起点は長春ではなくハルビンの方が妥当であります」

 「長春-ハルビン間は未だ我がロシアの支配下にあります」

 なおも食い下がるウィッテに、小村は冷ややかな視線を向けた。

 「戦端が開かれれば、我が方の支配下に置かれるのは時間の問題でしょう。何故、リネウィッチ大将は動かないのですか?」

 ウィッテは顔を顰めた。

ゼネストの噂は日本軍と対峙するリネウィッチ軍兵士の間にも広まり、士気は極度に低下していた。上官命令への不服従や吊し上げが少なくない部隊で行われ、遂には脱走兵すら出てくる始末となっていた。

 加えて債権国フランスからは、講和に応じない場合の債務即時返還を要求されており、担保としてのシベリア鉄道接収やイギリスとの共同出兵まで示唆されていた。露骨な終戦圧力が宮廷にもたらされていたのである。

 「戦端が開かれれば、たった1本の線路を巡って再び双方に夥しい犠牲が生じるでしょう。しかも、戦闘経験豊富で士気も高い我が軍が有利なのは各国が認めるところです。力尽くでハルビンまでの線路を奪うのは容易です。しかし今、我々の外交努力だけでこの問題が解決すれば、日露双方、合わせて数十万の将兵の命が助かります。どうか、熟慮されて下さい」

 ウィッテは小村から視線を逸らした。

 「我が国は抑留艦艇の引き渡しや海軍力制限だけでなく、償金支払まで取り下げました。圧倒的優位の状況にも関わらず、決裂前と同じ条件の提示に終始し、ひたすら和平への道を模索しているのです。真に平和を愛する貴殿であれば、我が方の善意を汲み取っていただけると存ずるが、いかがか」

 暫く無言で机を眺めていたウィッテが、ついに口を開いた。

 「一日も早い和平を望むのは、我々も同じです。・・・・・・本国に最終確認をしたいので、もう1日だけ時間をいただけませんか」

 こうして、この日の会議は終了した。


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Posted by なまくら at 12:20│Comments(0)創作
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