2011年01月22日

河野新知事に期待すること・望むこと

 まずは告知。
 
第29代航空幕僚長・田母神俊雄氏が宮崎県において2回目の講演会を行います。
 題して「誇りある日本を取り戻すためには」。

 日時:平成23年3月5日(土)13:30開演(13:00開場)
 場所:宮崎県立芸術劇場(メディキット県民文化センター)演劇ホール(宮崎市)
 料金:前売券1500円、当日券2000円
 主催:日本の防衛を考える会 宮崎
 共催:日本会議宮崎
 後援:産経新聞九州総局
 チケット取り扱い:メディキット県民文化センターチケットセンター 0985-28-7766(9:00~20:00 月曜休館)
          宮崎山形屋 0985-31-3202
       宮交シティ 0985-51-1311
          ボンベルタ橘 0985-26-4241

 お問い合わせ:「日本の防衛を考える会 宮崎」事務局 代表 須河信子さん
        http://www.mnet.ne.jp/~poetry/boei/



 東国原 前知事が1期4年を務めあげ、先月の知事選で当選した河野俊嗣さんによる、新しい宮崎県政がスタートしました。

涙で「東国原県政を継ぐ」 宮崎・河野新知事が初登庁

 1期4年で退任した宮崎県の東国原英夫前知事の後任となる河野俊嗣知事(46)が21日、知事として県庁に初登庁し「東国原県政をしっかりと引き継ぎながら、これからの宮崎を築きたい」と職員にあいさつした。

 河野知事は午前9時半ごろ、公用車で県庁に到着。女性職員から花束を受け取り、庁舎前に集まった千人以上の職員に大きな拍手で迎えられると、感極まってハンカチで涙をぬぐった。

 河野知事は総務省出身で、東国原前知事の下で副知事を務めた後、昨年12月の知事選に出馬。東国原氏の事実上の後継候補として「県政の発展的継承」を訴え、他の新人3人を破って初当選した。


(MSN産経ニュースより)


 「対話と協働」訴え 河野新知事が就任

(前略)
 幹部職員170人を集めた就任式では20分以上にわたってあいさつし「口蹄疫や地震、台風などを想定した危機対応が基本。“常在危機”をお願いする。私が責任を取るのでチャレンジ精神で思い切ってやってほしい。県庁総力戦、対話、慣れを生まない緊張感をお願いしたい」と熱く語りかけた。
(宮日 e プレスより)


 まずは河野新知事、就任おめでとうございます。
 新知事は東国原県政においては副知事を務めていましたが、「縁の下の力持ち」というか、宮崎県のアピールとかでしょっちゅう県外に出ていく東国原知事に代わり、実質的な知事として活躍していました。
 官僚出身ということで、(というかそれだけで)非難する人もいるかもしれませんが、実務能力は高いと思います。
 県職員の話では、職員のポータルサイトで時々、副知事メルマガのようなものが送られてきてたようです。対話や職員との意思の疎通を重視していたみたいですから、行政部局の信頼も厚いことと思われます。(左翼自治労とかは別)
 宮崎県アピールという面では、前知事のようにはいかないのは明らかですが、前知事とはまた違った角度から、地道にやっていっていただければ良いと思います。

 ところで早速、新知事は洗礼を受ける羽目になったのですが・・・

河野俊嗣新知事、就任早々「鳥インフルエンザ」=宮崎

(前略)
宮崎県は1月21日午後9時すぎ、宮崎市佐土原町で、宮崎市内の農場で高病原性鳥インフルエンザの感染が疑われると発表した。河野知事を本部長とする対策本部を設置し、周辺10キロ圏内の51農場に鶏や卵など物品の移動自粛を要請した。

宮崎家畜保健衛生所で遺伝子検査をし、22日早朝にも結果が判明する。遺伝子検査で陽性と判明すれば、飼育している1万240羽を殺処分する方針である。
(後略)
(PJ NEWSより)


 何だか、4年前を思い出します。
 4年前や、昨年の口蹄疫の経験を活かして、早急な対策をお願いします。
 新知事は「私が責任を取るのでチャレンジ精神で思い切ってやってほしい。」とおっしゃっていました。
 こういう発言が大事なのです。全責任は私がとる、、こういう発言がないと、部下は思い切り動けませんし、信頼しません。どこぞの内閣のように、「検察が決めたこと」で済ますようでは、信頼は得られないのです。
 
 鳥インフルだけではありません。宮崎県は今、財政危機にも直面しています。
 通貨発行権のある国と違って、地方公共団体の場合、県債は実質的な対外債務です。宮崎県は言わば、EUにおけるギリシャやアイルランド、ポルトガルのような存在なのです。
 新知事は早晩、財政の立て直しに迫られるでしょう。恐らく、中心になるのは人件費の抑制だと思いますが、それに関してはなまくらに提案があります。
 県民感情として、職員の給与が民間に比べて高い、という批判はあるかと思います。
 また、職員が多過ぎる、という批判もあるでしょう。
 しかし、職員といえども宮崎県民に違いありませんし、彼らの消費が宮崎県の経済を支える一翼となっているのも事実なのです。
 これを感情論で削減してしまったら、どうなるでしょう。
 恐らく、職員は今以上に節約に励み、かえって県の経済は悪化するでしょう。安藤知事時代、県の昼休み時間が15分短縮された結果、昼食を外でとる職員が減り、周辺の食堂などが打撃を受けた、ということがありました。
 こんなことをしていたら、本末転倒です。
 そこで、なまくらが考えているのは、職員の人件費抑制ではありません。
 むしろ、給与総額は現状を維持します。
 その代わり、職員の給与の内、例えば3分の1を現金ではなく、クーポンに置き換えたらどうでしょうか?というのが提案です。
 クーポンが使用できるのは、県内の小売店や各種カルチャースクールなどです。
 クーポンは1枚あたりの額面を3千円、5千円、1万円に統一します。おつりは発行されません。
 そして、月給替わりのクーポンは使用期限を2カ月以内に、ボーナス替わりのクーポンは使用期限を1年以内に設定するのです。

 これを受け取った職員は、2カ月または1年以内に県内で使い切ってしまわないと単なる紙屑になるのですから、こぞって使うようになります。
 おつりが発行されないので、昼食など日々の買い物には現金を使い、どちらかというと「不要不急」商品の購入に充てられるようになることから、需要が増えます。
 県職員の総数はおよそ1万8千人、平均年間所得が推定で560万円ほどですから、その3分の1が「不要不急」商品の購入に充てられた、とすると、なんと336億円、県内の消費が活性化するのです。
 勿論、3分の1全てが「不要不急」商品の購入に使われるわけではないでしょうから、大体そのさらに半分~3分の1としても、100億円以上の消費活性化に貢献するのです。
 当然、その100億円以上のお金はそのまま消えてなくなる訳ではなく、それを受け取った企業の所得になり、そこから社員の給与や新たな設備投資に回されるのです。
 社員の給与や新たな設備投資は、さらにそれを受け取った個人や企業の所得になり・・・
 ということを繰り返していき、県の経済のパイは大きくなっていきます。(いわゆる「乗数効果」です)
 県経済が大きくなれば、必然的に県の税収も増え、財政問題が緩和される、というわけです。

 勿論、県職員の痛みが全く無いわけではありません。次から次に消費しないと、貰った給与が紙屑になってしまうわけですから、貯金なんてしている暇がありません。「いざ」という時の蓄えを貯められないのだから、これはこれで深刻な話かもしれません。
 けれども、県全体で見てみると、既にその「いざ」という事態が起こっているのですから、公僕たる県職員は率先して県に貢献すべきなのです。身分保証されている公務員は、十分優遇されているのですから。

 とは言うものの、積極的に人件費を減らしても良い人達もいます。
 それは、行政に巣食う左翼集団「自治労」幹部と、危機に対して全く無能な「県議」です。
 この連中なら、給与を9割カットしても足らないくらいですわ。はっきり言って。(県議は、基本給5万円+能力給で良いと思いますが、詳しくはまたいずれ)

 河野新知事、どうでしょうか?
  


Posted by なまくら at 11:41Comments(0)地域行政

2010年01月27日

戸敷新宮崎市長への激励

 宮崎市長選の結果は、戸敷正氏が他の2名を抑えて当選を果たしました。おめでとうございます。
 これから、新市政がスタートするのですが、現在の議会は津村前市長派が多数派を形成しており、言うならば、田中県政時代の長野県のような状態です。
 当選の余韻に浸る間もなく、前途は厳しいと言えるでしょう。

 そこで、不肖なまくらが、ねじれ議会を運営するコツを伝授いたしましょう。
 な~んて、単なる受け売りですが。
 小学館発行の国際情報誌SAPIO1/27号にて、台湾の偉人・李登輝元総統の著書「李登輝が若者に送る10のレッスン」が紹介されていたので、引用したいと思います。



 御存じ李登輝元総統は、本省人(国共内戦以前から台湾に在住していた人々及びその子孫)でありながら、外省人(国共内戦後、台湾に逃げてきた主に国民党員や家族と、その子孫)政権である国民党政権下で、総統まで上り詰めた人です。
 当時の台湾は国民党の1党独裁であり、外省人が全てを牛耳っていた時代でした。
 そこへ民意を背景に登場した李登輝氏、当然議会は抵抗勢力だらけです。
 ところが、氏は類稀な議会運営により、これを乗り越え、台湾の民主化という大事業を成し遂げたのです。
 冒頭で紹介した著書は、この一連の流れを創りだした10のポイントを紹介しています。

1.逆境は最高の修行の場
 戦前に日本のエリート教育を受けた李登輝氏は終戦後、(中略)弾圧される側にいた。だが彼はこの暗黒時代に、弾圧を逃れながら読書と自己修練に励んでいた。後に彼が書いた経済論文は時の権力者、蒋経国の目に止まり、いきなり無任所国務大臣に抜擢されるのだが、(中略)台湾人の敵である独裁政権に身を置くことで矛盾と苦悩の毎日を過ごすことになった。だがこうした心の葛藤が彼を偉大な政治家へと成長させたのだ。

2.大器晩成を目指せ
 (前略)彼には、当時政治力がまったくなかった。(中略)彼は、独裁者蒋経国の行動をつぶさに観察しながら、持て余す時間を使い、中国問題、そして軍事をはじめ、(中略)それまで疎かった分野での勉強を熱心に行った。専門分野である農業や経済学では、専門家たちを交えた討論会を定期的に開いた。(中略)
 彼は権力を追求することなく自己教育に心がけ、知識への探索は怠ることなかった。失敗経験や苦悩こそが成長の糧になる。時間をかけてこうした糧を熟成させることは大器になる必要条件なのだ。

3.安易にカードを切るな
 (前略)蒋経国の急死によって副総統から総統に昇格した当時の李登輝氏には全く実権がなかった。(中略)彼にある唯一のカードといえば国民からの熱烈な支持であったが、(中略)民意を利用しての旧勢力との直接対決は避けた。
 行政、軍、警察、情報など国家統治機構の人事を変動させることなく相手を安心させた。(中略)2年後に再度総統に選出されると、素早く、そして着々と台湾の民主化を進め、6回の憲法改正を経て、それを不動のものにした。
 カードは時期が熟してから切る。これが李登輝流の戦い方であるのだ。

4.金で解決できることはすべて小事
 李登輝政権当時の国会議員のほとんどは(中略)終身議員だった。(中略)そこで李登輝氏は強引に終身議員を引退させるのではなく、(中略)退職金を提示して、引退するよう説得に乗り出した。(中略)それは民主化のコストと割り切ることができたのが李登輝氏であった。
 無用な理屈や紛争をさけ、このぐらいの出費で台湾の民主化が一歩前進なら安い買い物だというのだ。

5.小さく群れるな
 (前略)李登輝氏は側近を持つことはなかった。(中略)彼はあらゆる分野で、さまざまな違うブレーンを持っている。総統になった彼は外交、経済、国防など、各分野ごとに必ず政府と民間出身者による2つのチームを編成し、それぞれの立場から政策の草案を作らせ、時には一堂に集めて議論させた。
 それによって、彼は側近政治の弊害を避け、高い視野で物事を判断できるようになった。派閥や側近を持たず小さく群れないことによって、李登輝氏はもっと広く人材を登用することができた。これが閉塞感のない政治展開を可能にした最大の要因と言えよう。

6.人事の要諦――奥さんを観察せよ
 (前略)蒋経国氏が李登輝氏を台北市長に抜擢してから最初の3ヶ月間、毎日李登輝氏の自宅へ訪ね、彼の帰宅を待っていた。それは李登輝氏の生活環境を観察すると同時に、奥さんをも観察するためであった。つまり、一人の人間を知るためには、つねにその近くにいる奥さんをも観察しなければいけないのだ。虚栄心に満ち、金銭欲も強い奥さんであれば、本人も金銭や権力に誘惑されやすく、汚職に手を染めやすい。(中略)
 この人間観察術は李登輝氏が学んだ人事の第一歩とも言える。今でも李登輝氏はいろんな場面で奥さんを観察する重要性を強調し、彼の人材登用の大切な判断材料にしている

7.恩讐を超え、大事を成し遂げろ
 (前略)氏は、敵であるはずの民進党を一方的に攻撃することはしなかった。それどころか、(中略)政党政治の正常化の必要を考えた氏は党内の反対意見を押しきり(中略)民進党を合法化させた。それだけでなく国益に一致するのであれば、自ら進んで民進党と意見交換したり、相手の言い分を聞いたりしていた。(中略)
 李登輝氏の国家正常化に向けた熱意が民進党の黄信介主席を感激させた(中略)結果として民進党の協力の下で1997年の4回目の憲法改正が無事に通過し、台湾の国家正常化の前進となった。

8.敵を使える知恵と器量を持て
 (前略)その(李登輝氏を引き降ろそうとする国民党内の中国人勢力)代表格が軍のストロングマンである参謀長の郝柏村氏である。ところが李登輝氏は敢えて郝氏を首相に任命したのである。軍のトップであった郝氏を軍籍離脱させるためには、首相という最高のポストで釣る以外になかったのだ。郝氏の軍籍離脱で李登輝氏は、他の人間を参謀長に任命し、その軍への影響力を完全に排除した。
 一方、首相になった郝は(中略)傲慢な国会答弁が国民の顰蹙を買っただけでなく、自分の無知を国会でさらけ出す羽目にもなった。これで彼の神話が一気にはじけ、蒋介石時代以来の軍事ストロングマンもついに消えた。これもまた民主化の一歩前進であった。

9.トラブルメーカーになることも必要
 (前略)中国もアメリカのクリントン政権もそれ(1995年の李登輝氏の母校コーネル大学への訪問)には強く反対したが、李登輝氏は米中の意向に妥協の素振りもみせなかった。(中略)中国は李登輝批判キャンペーンを激しく展開し、台湾をトラブルメーカー呼ばわりし(中略)その暴挙が民主国家台湾と独裁国家中国との違いを一層浮き彫りにさせ、台湾の民主化を全世界にアピールしてくれる結果となった。
 国も個人も危機状況に陥る時、ただの良い子に甘んじてはいけない。トラブルメーカー呼ばわりされても、一歩も引かない強い姿勢も必要なのだ。

10.信仰心を持つことはリーダーの最重要条件
 (前略)「これまでの人生を振り返ると、いかなる厳しい環境に置かれた場合でも、意志を貫くうえで力の源は信仰であった」「人間は心(精神)と肉体から構成されるが、精神的弱さはさらに高い次元の存在を必要とする。総じていえば、指導者に限らず、私たちは誰もが全知全能の神を必要とするのである」とも語った。(※李登輝氏はキリスト教信者です。)リーダーにこそ、神が必要なのだ。
(以上、一部抜粋の上、引用)


 新市長は、公約であった「地域コミュニティ税の廃止」について、
清武町民の意見を集約し判断する為、3月定例市議会への廃止条例案提出を見送る可能性を示唆(要旨)
しているそうです。
 安易にカードを切らないあたりは、どこぞの政権与党と大違いです。もしかしたら、もう購読されているのでしょうか?

 新市長は、4年間という時間を市民から託されたのです。腰を据え、じっくりと市政改革に励んでいっていただければ、と思います。



(以下、告知系)
 ・「外国人参政権に反対する会」が、国会への請願署名を呼び掛けています。(〆切:2月27日

 ・「ヤフー!みんなの政治」にて、外国人参政権の問題に対する賛否の投票を行っています。


 ブログ無期限休止まで、あと3回  


Posted by なまくら at 22:56Comments(0)地域行政

2010年01月17日

【宮崎市長選】 改めてレガシー(遺産)メディアだ、と思う

 いよいよ、宮崎市長選が告示日を迎えました。
 しかし、市民の関心は今一つ薄いようです。
 それも仕方ないかもしれません。
 だって、情報がほとんど無いですから。
 宮崎県内の情報媒体と言えば、テレビと宮日新聞でしょう。
 ところが、その肝心の新聞がほとんど情報を伝えていません。(テレビは見ていないので知りません。)
 なので、こちらが動き出しました。
 何と、候補者3人全員にインタビューを敢行、動画を完全ノーカットで公開したのです!

 なまくらも拝謁しましたが、下手なテレビニュース以上にうまく出来ていました。
 個人レベルでここまで出来るなんて、パーソナルな情報関連機器(iフォンで撮影したみたいです)の進化に吃驚です。
 また、質問内容も偏らず、吟味されたもので、会の見識の高さに驚くとともに、敢えて難しい質問(参政権問題など)をぶつけているところが高く評価できます。

 それ以上に強く感じたのが、何故、これを既存メディアがやらないのか、という憤りです。
 本来なら、これは既存メディアの役割でしょうが!
 改めて、マスコミの存在意義って何?という思いを強くしました。

 生活に一番密接に関わっている宮崎市の市長選です。
 みんなもっと関心を持ってください!
 そして、投票に行きましょう!

  〈以下、告知系〉
 ・宮崎神宮にて、「永住外国人の地方参政権付与法案」に反対する署名活動を行っております。(〆切:今月24日

 ・宮崎神宮にて、「夫婦別姓を認める民法改正法案」に反対する署名活動を行っております。(〆切:今月24日

 ・「外国人参政権に反対する会」が、国会への請願署名を呼び掛けています。(〆切:2月27日

 ・「ヤフー!みんなの政治」にて、外国人参政権の問題に対する賛否の投票を行っています。  


Posted by なまくら at 08:06Comments(0)地域行政