2015年02月08日

第2章 日露戦の善後 3.鉄道王の来日

 騒擾事件は一段落したが、桂にはもう1つ、急いで片付けなければならない案件があった。

 時を遡って9月4日。ポーツマス講和会議が再開されようとしていた、まさにその時、東京では駐日米公使グリスコムが主催する園遊会が開かれていた。

 政財界からの出席者が1千名を超える盛大なものとなったこの会に、1人の米国人実業家が招かれていたのだが、その男が席上でとんでもない構想をぶち上げたのである。

 エドワード・H・ハリマン。ニューヨーク出身の銀行家であり、ユニオン・パシフィック鉄道を経営する鉄道王として名を轟かせている人物だった。




 ハリマンの構想は、極東からシベリア鉄道を経てヨーロッパへ至る、ユーラシア横断鉄道を建設するというものであった。

 そして7日、曾禰蔵相の晩餐会にも招かれたハリマンは、より具体的な計画を披露した。

 まず東清鉄道の経営に参画し、次いでロシアとの契約でシベリア鉄道の運営・運行権を獲得することで、自身の持つアメリカ大陸横断鉄道及び太平洋郵船と接続し、大連から満洲、シベリアを経由してバルト海まで結ぶ、というものだった。

 更には、日本内地鉄道の合同とその広軌化(国際標準軌:軌間幅1435mm)工事への出資や満洲に於ける炭鉱への経営参加、韓国鉄道との接続等、計画の内容は多岐に亘るものだった。

 家族旅行という名目で来日したハリマンの真の目的は、大陸利権の分け前に与る為の一連の協定を、日本政府と結ぶことだったのである。

 「東清鉄道はいずれ世界的交通の主要幹線となるのは明らかであり、早急に大改良を行う必要があります。しかし短期間の内にそれを可能にするのは、潤沢な資金と技術そして経験を有する私の会社をおいて他にありません。貴国との協定が成立した暁には、直ちに東清鉄道、安奉線及び京義・京釜両路線の改築に取りかかり、3年以内に釜山からハルビンを経て満洲里に至る直通列車を走らすことが可能です」

 安奉線とは、戦争中に日本軍が清韓国境の安東県から奉天南郊の蘇家屯の間に敷設した軌間幅762mmの軍用鉄道のことである。

 ハリマンは東清鉄道を発展させる為に何を行うべきか、完璧に理解していた。

 ハリマンは、その後10日間にわたって伊藤や井上、桂等と会談し、持論を力説して回った。

 「日本政府と我が社は、鉄道本体と附属財産に対して共同かつ均等の所有権を有することとしましょう。また、戦時には軍隊及び軍需品の輸送に関して常に日本政府の命令に従い、日本がロシアまたは清国と再戦となった場合の軍事輸送に支障を来さぬようにするつもりです。それだけではありません。国際共同管理となる東清本線は決してロシア軍の輸送を認めないつもりですから、万が一にも日露が再戦となることはないでしょう。ここに、東亜の永久平和が訪れるのです」

 桂はハリマンに言質を与えなかったが、伊藤ら元老の反応を見て、ハリマンは大体において成功を確信したのか、19日、南満洲の実状を視察する為、後をグリスコムに任せて戒厳令下の東京を発った。

  


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2015年01月03日

第2章 日露戦の善後 2.騒擾(2)

 こうして迎えた9月13日午後1時、東京市内は物々しい雰囲気に包まれていた。

 日比谷公園では、これまでで最大規模の抗議集会が開かれていた。

 当初、芳川顕正内務大臣はこの集会を禁止し、公園を封鎖するつもりだった。しかし、桂の

「大衆の不満の捌け口も少しは用意してやらねば、暴発してしまうぞ」

という意見に、集会を認めたのだった。

 その結果、集会に参加者した人数は空前の3万人となった。

 公園の周囲では、サーベルを帯刀した警官隊350人余りが睨みを効かせ、更に警官隊を取り巻くように、近衛師団が配置された。




 集会は30分程で散会したが、群衆はそのまま公園を出て行進を始めた。

 「弱腰政府!」「講和条約破棄!」「打倒ロシア!打倒桂内閣!」

 口々にスローガンを叫びながら行進する群衆に、警官と軍は手を出さずに見守っていた。

 省庁や官邸、教会、各国公使館は、近衛師団と第1師団による厳重な警備がされていたおかげで、群衆は侮蔑の言葉を投げかけて通り過ぎるだけだった。

 しかし、警備が手薄な国民新聞社の前を行列が通りかかった時、1人の男が隠し持っていた石を投げたのである。

 講和反対の世論が沸騰する中にあってただ1紙、講和条約支持を唱えていた国民新聞社は、「政府の御用新聞」、「非国民新聞」と痛罵され、集会関係者から秘かに標的とされていたのだった。

 男の投石を切っ掛けに、周囲の者が次々に身近にある物を投げ始めたので、派遣されていた30名の警官が慌てて制止に入ったが、興奮した男達が先頭の警官を殴り倒し、腰のサーベルを奪い取ったものだから、ついに警官隊も抜刀、群衆に斬りかかった。

 暴徒は全く怯まずに応戦し、一帯は大乱闘の場と化した。

 社の入口は破られ、輪転機が破壊された。

 それに飽き足らない暴徒は、社内に居た数名の社員や警官をステッキや素手で殴打して重傷を負わせた上、書類等を床や路上に放り出して火を点けた。

 1時間程して、ようやく第1師団の1個中隊が応援に駆けつけると、暴徒は

「陸軍万歳!」

と叫んで散り散りになった。

 その後も、幾つかの派出所、市電等が襲撃され始めたので、政府は午後4時、ついに戒厳令を敷き、新聞・雑誌の発行停止、夜間の外出禁止措置を執った。

 しかし、騒擾は横浜や神戸等にも飛び火した。

 騒ぎは1週間程続き、安立警視総監と芳川内務大臣が責任を取る形で辞任することで、ようやく全国の騒擾は収まった。

 この騒擾で検挙されたのは800人を越え、重傷者も20名程出たが、死者は出なかった。

 幸い、このことで日本の評価が大きく損なわれて日本公債が急落することは無かったが、この騒擾事件は桂を始めとする政府首脳に民衆の力を思い知らせたのであった。
  


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2015年01月02日

第2章 日露戦の善後 1.騒擾(1)

 講和成立の知らせは、日本時間の7日朝、桂の下に届いた。

 桂は諸元老と閣僚を招集し、伊藤や山縣らが固唾を飲んで見守る中、小村からの電文を一読した。

 彼が電文を読み終えると、皆は一斉に立ち上がり、万雷の拍手を沸き起こした。

 桂は彼らと手を取り合い、涙を流して喜びあった。




 「しかし、今になってみれば、賠償金を獲れなかったのは惜しかったですな」

 「何を言う、賠償金を放棄し、国際世論を味方につけたからこそ、講和を結べたのではないか」

 「左様、ロシアも我が国同様、外国からの借金で戦争をしていた以上、賠償金支払いなど最初から無理だったのだ」

 「それにしても、小村君の胆力には恐れ入った。交渉が決裂した時は、日本もこれでお終いだ、と思ったものだ」

 「しかし、樺太も放棄せずに、うまくやったものだ。彼の活躍は10個師団、否、20個師団に匹敵しますぞ」

 好き勝手なことを言うのは新聞も閣僚も同じだな、と内心苦笑しながら口々に雑談をする閣僚達を見ていた桂は

「本当に厳しいのはこれからですぞ」

と言って閣僚達を見渡した。

 「まずは莫大な額に膨れ上がった戦時外債を整理し、財政の立て直しを図らなければなりません。次に、韓国における支配権確立と満洲の処理、国内にも戦時下に繰り延べになっていた諸案件が山積みです。しかし、何よりも急務なのは・・・」

 「民衆の不満を抑えることだな」

 伊藤がすかさず口を挿むと、桂は大きく頷いた。

 「既に講和反対の集会が各地で起きています。講和が締結される13日には、更に大規模な集会が開かれるでしょう。暴動が起きる可能性もあります。警察は東京市を中心に厳戒態勢で挑んでほしい」

 「各警察署には、署と各省及び首相官邸の警備を命じましょう」

 「それだけでは足りません。外国人関係施設、とりわけ教会の警備も必要です。一部のキリスト教布教者が、『ロシアが償金を支払わずに済んだのは、神がロシアを救い給うたからだ』などと触れ回り、人々の神経を逆撫でしているそうです。教会が襲撃されたとあっては、人種戦争をひたすら否定してきた金子君らの努力が水泡に帰します。これだけは防がなければなりません。あと、小村君の家族も警護する必要があるでしょう」

 「必要とあらば、陸軍も動かそう」

 山縣の提案に、桂は首肯した。

 「是非、お願いします。最悪の場合は、陛下に戒厳の勅令をお願いする必要があるかも知れません」

 戒厳、の言葉に一同がざわつき始めた。

 「戒厳令を敷くとなると、かなり物々しいな。相当の覚悟が必要になるぞ」

 「伊藤さん、ロシア国内の騒擾がどのように諸外国に伝わっているか、考えてみて下さい。『血の日曜日事件』以降、ロシア公債の価格は暴落し、ロシアは外債の調達が困難になりました。今、日本で同じような騒擾が起きて諸外国の信頼を無くせば、二度と海外から資金調達が出来なくなるかもしれません。日本はロシアと違い、節度をわきまえた国家と国民であることを示す必要があるのです」

 桂の説明を聞き、伊藤は分かった、と答えた。
  


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2014年12月31日

第1章の結びに代えて

 ふう。何とか予告どおり、年内にポーツマス編を仕上げることが出来ました。

 書き始めから丸2年。たった1ヵ月の出来事を書くのに、こんなにかかるとは思ってもみませんでした。

 しかし参考文献を調べる内に、外交の奥深さを知ることが出来たのは成果でした。彼らの持つ知識や外交センス、胆力や駆け引き上手には本当に驚かされました。今も、世界中でこんな外交が展開されているのでしょうか?

 なお、参考文献は(記憶にあるのだけですが)以下の書籍、HPになります。実際には今後の話の展開で参考としたものも含んでいますが、ご了承下さい。

吉村昭「ポーツマスの旗」(新潮社)
黒木勇吉「小村寿太郎」(講談社)
外務省 編「小村外交史」(原書房)
前坂俊之「明治37年のインテリジェンス外交-戦争をいかに終わらせるか」(祥伝社新書)
小林道彦「桂太郎-予が生命は政治である」(ミネルヴァ書房)
板谷敏彦「日露戦争、資金調達の戦い-高橋是清と欧米バンカーたち」(新潮選書)
若狭和朋「日露戦争と世界史に登場した日本」(WAC)
清水美和「『驕る日本』と闘った男-日露講話条約の舞台裏と朝河貫一」(講談社)
ドミニク・リーベン(小泉摩耶 訳)「ニコライⅡ世-帝政ロシア崩壊の真実」(日本経済新聞社)
伊藤之雄「山県有朋-愚直な権力者の生涯」(文春新書)
井上寿一「山県有朋と明治国家」(NHKブックス)
松元崇「山縣有朋の挫折-誰がための地方自治改革」(日本経済新聞出版社)
伊藤之雄「伊藤博文-近代日本を創った男」(講談社)
小林道彦「日本の大陸政策 1895-1914」(南窓社)
石井寛治・原朗・武田晴人 編「日本経済史2 産業革命期」(東京大学出版会)
ワシーリー・モロジャコフ(木村汎 訳)「後藤新平と日露関係史」(藤原書店)
天野博之「満鉄を知るための12章」(吉川弘文館)
読売新聞取材班「検証 日露戦争」(中公文庫)
ピーター・E.ランドル「ポーツマス会議の人々-小さな町から見た講和会議」(原書房)
長瀬隆「日露領土紛争の根源」(草思社)
小林道彦「児玉源太郎-そこから旅順港は見えるか」(ミネルヴァ書房)
千葉功「桂太郎」(中公新書)
伊藤之雄「元老西園寺公望-古希からの挑戦」(文春新書)

ロシアのHP ロマノフ王朝(14)~~ 1905年革命鎮圧とストルイピンの改革 ~~
http://www11.atpages.jp/te04811jp/page1-1-4-13.htm
サハリンの陸上油田開発から陸棚開発プロジェクトに至る歴史
https://www.jstage.jst.go.jp/article/japt/75/4/75_4_296/_pdf
もう一人のポーツマス講和全権委員─高平小五郎・駐米公使─
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/pub/geppo/pdfs/06_1_2.pdf
日露戦争史
http://www.jacar.go.jp/nichiro2/sensoushi/seiji08_detail.html
近代日本の七つの戦争「第3章 日露戦争」
http://www.inahodou.co.jp/index.Q.html




 ところで、講和談判を一度決裂させたことには、意見をお持ちの方もいるでしょう。
 日露戦争関連本の多くが、「クロパトキン軍は散々なやられ方をしたが、欧州方面の精鋭部隊であるリネウィッチ軍は戦意も高く、もし再戦となれば、やられるのは日本軍の方だっただろう」というような書き方をしています。
 しかし、本当にそうだったでしょうか。

 前掲・前坂俊之氏の「明治37年のインテリジェンス外交-戦争をいかに終わらせるか」に、ウィッテの回想録が載っていたのですが、そこにはこうありました。

 前にも言ったとおり、私は、全権の任命を受けて以来、満洲軍総司令官リネヴィッチから、直接にも、間接にも一度も報告を受けたことがない。満洲のわが軍は、奉天合戦から半年を経過しているが何事もない。(中略)彼はその兵力をもって何らか私の外交に協力したことがあるだろうか。「微塵もない」と答えるほかはない。
(中略)それから日本軍は、ハルビンとウラジオストック間の一地点に現れ、わが軍と遭遇したが、わが軍は戦わずして退却した。
その後、講和条約が調印されたが、総司令官は軍隊に革命気分が蔓延するのを防止できなかった。軍隊の崩壊を企てた革命党員の跳梁にまかせて威厳を失墜させ、全く軍隊の秩序を保ち得なかった。
そこでグロデコフ将軍が派遣され、リネヴィッチは召還された。召還された老獪な彼は会う人ごとに、「なんといっても第一の失策はウィッテが講和条約を結んだことだ。これさえなければ、私は日本人に思い知らせてやったのに!」と言っているそうである。
数日前、私は参謀総長バリツィンに会ったので、話のついでに聞いてみた。
「リネヴィッチは講和に反対のようなことを陛下に言明したことがあるのですか?また彼は講和問題が起こってから何事もせずに空しく日々を送っていたのですか?」
「そりゃあ、よくわかっているではありませんか。もう戦はないと決まった以上、講和さえなければ、きっと日本に勝っていたのに、と言う方が、彼にとって都合がいいのは当たり前です。しかしクロパトキンはもっと上手です。彼の言うことを聞いていると、彼以外の者はすべて失策したことになるのです。
リネヴィッチは講和談判の開始に際しても、また談判の進行中でも、一度も意見を言明したことはありません。ただ一度、いよいよ進撃の方略を定めたから陛下の裁可を仰ぎたいと言ってきたので、それは総司令官の決心どおりにすべきだ、と言ってやりました。彼はそれっきり沈黙して講和の決定するまで大人しく待っていたのです」
バリツィンは笑ってこう答えた。リネヴィッチとは、こういう「立派な」総司令官だったのである。


 ウィッテも、他のロシア閣僚・軍司令官などと同じくわが身が大事な人物であり、自身が結んだ講和条約によって祖国が汚名挽回するチャンスを逃したなどとは考えたくないでしょうから、上記は幾分真実から差し引くべきでしょう。
 しかし、リネウィッチがこの回想録のように「大人しく」講和条約締結まで待っていたのは事実です。
 もし、彼に多少の損害を出そうともロシアの威厳を守る気概があったのならば、日露戦争の行方は全く異なったものとなっていた筈です。だが、現実には、そうならなかった。
 ということは、ウィッテの回想録に出てくる上記の発言は、当たらずといえども遠からずといったところだったのではないでしょうか。
 そのような分析を行い、自分は「仮に談判破裂していても、すぐには再戦には至らなかった」と結論付けました。まあ、これだけでは心細いので、10月ゼネストも「少し前倒し」で起こしてみたりもしましたが。

 さて、次回からは新章に入ります。日露講和が成立し、日本はいよいよ大陸に進出していきます。
 中学の歴史教科書あたりは、日比谷焼打ち、日韓併合、そしていきなり第一次世界大戦に突入、となりますが、実際は色んな出来事が起きており、一つ一つが後の満洲事変や日米戦争に繋がる重大事件だったことが、調べていく内に明らかになりました。
 こちらも資料は膨大で、すべてが複雑に絡み合っていますが、少しずつ紐解いて、改変していきたいと思います。



 本年も、残すところあと数時間となりました。
 皆様にとって、来年が良い年となりますように。  


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2014年12月31日

第1章 ポーツマス会議 18.最終会議

 翌6日、両国は最終会議に臨んだ。

 数日前からポーツマスでは雨が降り続いていのだが、今日は久しぶりに雨がやんでいた。まるで、会議の行く末を暗示するかのように。
 
 日本全権は早めに朝食を済ませ、工廠でウィッテ達を待つことにした。

 開始予定時刻は午前10時だったが、9時50分になってもロシア全権は姿を現さなかった。

 小村の脳裏に、嫌な予感が浮かんだ。

 9時58分、硬い表情をしたウィッテ達が、ようやく入室してきた。

 内心ホッとした小村だったが、感情を表に出さぬよう努めながら、軽く会釈した。

 10時00分、ロシア全権が着席して会議が始まったが、先に口を開いたのは小村だった。

 「まずは、昨日の討議に関する貴国の回答を示していただきたい」

 ウィッテは覚書を小村に手渡すと、静かに言った。

 「皇帝陛下は、貴国の要求を全面的に認めた」

 覚書には、ハルビン以南の東清鉄道支線とその付属地を日本に譲渡すること、東清鉄道本線をフランスが参加する国際シンジケートに委ね、ロシアは鉄道管理権を放棄すること、サハリン島を全島日本に割譲すること、如何なる理屈でも金銭の支払いは行わないこと、が列挙されていた。

 「では、我が国の最終的な回答を提示します」

 小村は、無表情でウィッテに覚書を手渡した。

 そこには、償金要求を撤回することの他、樺太、鉄道に関する事項がロシア側の回答に近い形で明記されていた。

 ウィッテは一読すると、
 
「我が国が提示した回答は、貴国の覚書とほぼ同じ内容になります。よって、我が国はこれを受諾するしかありません」

と言って立ち上がり、小村と握手を交わした。そして、随員の控室に入り、静かに口を開いた。

 「諸君、平和が決まったぞ。帰国の準備をしたまえ」

 その言葉には、大仕事を成し遂げた高揚感も、安堵もなかった。交渉の長期化がロシア全土の革命という最悪の事態を招き、日本側の要求を押し切る下地を失ったことに対する自己嫌悪の情が先立っていた。

 (屈辱的な外交を強いられる結果とはなったが、落ち込んでいる場合ではない)

 彼は軽く首を振ると、すぐに気を取り直して言った。

 「休んでいる暇は無いぞ。次は宮廷に巣食う守旧派との戦いが始まるんだからな」




 日露両全権は短い休憩を挟んだ後、両軍の満洲からの撤兵方法や東清鉄道の経営権の割り当てに関する審議を行った。

 撤兵方法に関しては、撤兵期限や鉄道守備兵力の扱いについて議論した。

 日本側は条約批准後10ヵ月以内の撤兵完了を提案したのに対し、ロシア側は在満の日露両軍司令官の協定に任せれば良い、との考えを示した。

 また、鉄道守備兵を1kmあたり5人以内に限定するとの日本側提案に対しても、ウィッテは

「両国共、事情は異なる訳ですから、具体的な兵数を定めるのは難しいと思います。満洲の現状に鑑み、それぞれが適当と思われる兵力に制限すれば良いのではないでしょうか」

と反対した。

 このようなロシア側の不明瞭な態度に、小村は不信感を抱いたが、結局、撤兵期限18ヵ月、鉄道守備兵1kmあたり15人以内とし、細目は現地軍司令官同士の協定に依ることで妥協が成立した。

 続いて、東清鉄道の経営権の割り当てに関する審議に移った。

 「まずは、この講和会議を斡旋したアメリカに花を持たせるべきだと思います。また、アメリカの鉄道技術は本家イギリスを追い越す勢いであり、資本力も十分であります。アメリカを筆頭株主とすることを提案します」

 小村が提案すると、ウィッテは

「同意します。ただ、フランスには、アメリカに匹敵する資本参加を求めたい。洋の東西を結ぶ大動脈が出来れば、西側の終点がパリになるのは必然です。また、世界一周輸送路が出来るとするならば、欧州からアメリカに渡る起点もやはりフランスになるでしょう。よって、アメリカとフランスは同列に近い出資とすることを希望します」

と言った。

 ウィッテの提案がロシアの債権国フランスに対する配慮であることは明らかだったが、小村はそこには触れずに頷いた。

 「了解しました。但し、その場合はイギリスも資本参加させるべきでしょう。昨年、協商が成立したとは言っても、長年対立してきた英仏どちらか一方を参加させてもう一方を排除するのは、両国の対立を再燃させるようで好ましくありません」

 勿論、これは同盟国イギリスに対する日本の配慮であった。

 「また、清国領内を通る鉄道であることから、清国も入れざるを得ないでしょう」

 審議の結果、シンジケートの予定比率をアメリカ40、フランス35、イギリス20、清国5の割合とし、日露は資本参加しないことで決定した。その他、樺太に軍事基地を設けないこと、間宮海峡と宗谷海峡における両国船舶の自由航行を承認し合った。

 午後5時に全討議が終了し、後は条文の作成を残すのみとなり、最終的な講和締結は1週間後の9月13日に行われることとなった。

 両国全権はホテルに到着すると、講和成立を知った記者や避暑客達の拍手によって迎えられた。

 小村もウィッテも笑顔で彼らと握手しながらホテルに入った。

 たった数週間で小村がアメリカ世論の操縦方法を体得した事に、高平は内心呆気にとられていた。記者達が会議前半に抱いていた日本全権に対する不満や不信感は、今や完全に払拭されていた。

 両国全権は本国へ至急電を打ち、それからバーに入ってシャンパンを開け、日露両国とアメリカの繁栄を祈って祝杯をあげ合った。

 夜も更け、ようやく散会して部屋に戻る途中、高平は小村が呟いた言葉に、思わず吹き出しそうになった。

 「今日だけは我慢して付き合ったが、帰国したら二度とこんな真似はせんぞ」




 こうして、動員兵力100万人以上、戦死傷者50万人以上、戦費15億円以上という代償を支払った一大戦争は終結したのである。
  


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2014年12月30日

第1章 ポーツマス会議 17.ウィッテ陥落

 「侵略とは、大国が小国を脅かす行為を言うのでしょう。清は先の戦争で我が国に負けたとは言え、今でもアジア一の大国であります。大国・清を小国・日本が侵略するなど、あべこべも良いところではないですか。御心配には及びません」

 それに、と続けた。

 「満洲の門戸開放はアメリカ合衆国やイギリスが望むものです。仮に、それに反するような講和を結べば、欧米列強の反発は必至でしょう。ところが、南部支線の我が国への譲渡という条項に対し、今のところ列国からの抗議は一切ありません。つまり、国際社会は日本による満洲の排他的領有はあり得ない、と信じているからこそ、南部支線の譲渡を容認しているのです」

 小村はウィッテの渋面を見据えた。

 「また、東清鉄道本線が国際管理に委ねられるということは、貴国にとっても悪い話ではない筈です。鉄道技術や資本力に優れた列国が資本参加するならば、線路改良が進み、輸送力は飛躍的に強化されるでしょう。東アジアと欧州を結ぶ主交通路はスエズ運河経由から東清・シベリア両鉄道経由に移行し、輸送量は今の数倍になる筈です。鉄道収入の増加により、貴国は外債償還が容易になり、我が国も南部支線を経営することで利益を得られます。日露両国が恩恵を受けるのですから、反対する理由などありますまい」

 「では、既に決着の着いた長春-大連間だけで十分ではないですか」

 「主要都市や港湾を結ぶ鉄道という性質上、日本経営線の起点は長春ではなくハルビンの方が妥当であります」

 「長春-ハルビン間は未だ我がロシアの支配下にあります」

 なおも食い下がるウィッテに、小村は冷ややかな視線を向けた。

 「戦端が開かれれば、我が方の支配下に置かれるのは時間の問題でしょう。何故、リネウィッチ大将は動かないのですか?」

 ウィッテは顔を顰めた。

ゼネストの噂は日本軍と対峙するリネウィッチ軍兵士の間にも広まり、士気は極度に低下していた。上官命令への不服従や吊し上げが少なくない部隊で行われ、遂には脱走兵すら出てくる始末となっていた。

 加えて債権国フランスからは、講和に応じない場合の債務即時返還を要求されており、担保としてのシベリア鉄道接収やイギリスとの共同出兵まで示唆されていた。露骨な終戦圧力が宮廷にもたらされていたのである。

 「戦端が開かれれば、たった1本の線路を巡って再び双方に夥しい犠牲が生じるでしょう。しかも、戦闘経験豊富で士気も高い我が軍が有利なのは各国が認めるところです。力尽くでハルビンまでの線路を奪うのは容易です。しかし今、我々の外交努力だけでこの問題が解決すれば、日露双方、合わせて数十万の将兵の命が助かります。どうか、熟慮されて下さい」

 ウィッテは小村から視線を逸らした。

 「我が国は抑留艦艇の引き渡しや海軍力制限だけでなく、償金支払まで取り下げました。圧倒的優位の状況にも関わらず、決裂前と同じ条件の提示に終始し、ひたすら和平への道を模索しているのです。真に平和を愛する貴殿であれば、我が方の善意を汲み取っていただけると存ずるが、いかがか」

 暫く無言で机を眺めていたウィッテが、ついに口を開いた。

 「一日も早い和平を望むのは、我々も同じです。・・・・・・本国に最終確認をしたいので、もう1日だけ時間をいただけませんか」

 こうして、この日の会議は終了した。
  


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2014年12月29日

第1章 ポーツマス会議 16.会議再開

 9月5日。霧雨が降る中、日露両国の全権は再びポーツマスに戻ってきた。

 小村の目には、僅かな期間でウィッテが随分窶れたように見えた。

 多分、自分の姿も同じように見えているだろう、と彼は思った。ロシア国内の攪乱工作や各国の調停努力によって、戦端は開かれないだろうと予想はしていたが、人生最大の賭けの結果が出るまで、彼は生きた心地がしなかったのだ。

 そして、彼は賭けに勝ったのである。




 討議はまず、樺太問題からだった。

 ウィッテが先に切りだした。

 「先日わたしが提案したとおり、日本が償金要求を撤回するのであれば、サハリンは北部も含めて全島割譲する用意があります」

 「それは本国の裁可を得たものですか」

 「そうです」

 ウィッテの口調は淡々としていた。

 懸案の1つだった樺太割譲要求は、あっさり受け入れられたのである。小村は、ロシアが真に呑めない条件が償金だけであることを確信した。

 「ならば、樺太割譲と償金の条項についてはお互い相違が無くなった為、決着することになります。それでは、東清鉄道の放棄に関してはどうでしょうか」

 「東清鉄道本線、即ち満洲里-綏芬河間を国際管理するという提案ですが、当該線路は我が国にとって死活的に重要な路線であるので、受け入れることは出来ません。但し、ハルビン以南の支線の国際管理であれば、受け入れ可能です。日本に譲渡することで妥結済みの長春-大連間はそのままに、残りのハルビン-長春間を国際管理としてはどうでしょう。日露間に中立地帯を設けることで、両国が再度衝突する危険も無くなります」

 小村はすかさず切り返した。

 「それならば、やはり本線を国際管理とし、支線全てを日本に譲渡すべきであります。その理由は、第一にロシアにとって死活的に重要な線路が清国領内を通過し、しかもロシアの実質的な管理下に置かれている状況は、どう考えても不自然であるからです。第二に、真に日露再戦を予防するならば、ロシア軍の輸送に制限を加える必要がありますが、一番その効果を発揮するのが、本線を国際管理に委ねることだからです。第三に、当初の我が国の要求は南部支線全線の譲渡でありました。償金要求を放棄した今、ハルビンまでの鉄路を手に入れることは経済上、重要なことなのです。また、本線が国際管理になれば、日本がハルビンまでの鉄路を入手しても、貴国に対する驚異にはならない筈です」

 「しかし南部支線は現在、日本軍の輸送に使われています。いざとなれば、日本軍は“中立地帯”を突破して我が国領内に雪崩れ込むのではないですか」

 「現在はまだ戦争中でありますので、軍の輸送は当然でしょう。ロシアが行ったように、我々も占領地の鉄道を軍事輸送に使用しているまでです。だが戦争が終結すれば、南部支線は両国の交易の為に使用される筈です。それは両国にとって利益になるのではないですか?」

 「南部支線が国際管理でも両国に利益を生む筈です。貴国が支線の取得に拘るのは、満洲に侵略の野心を抱いているからではありませんか」

 小村は大笑いした。

  


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2014年12月28日

第1章 ポーツマス会議 15.ゼネスト

 そもそもロシアでは、開戦の前から革命が起こり得る土壌があった。

 農民の多くは零細で困窮していたし、労働者は低賃金で働かされており、経営者に怒りを覚えていた。

 国民の3分の1を占める非ロシア系民族の間では、ロシア語強制やロシア正教布教などの同化政策が、彼らの民族感情を逆撫でしていた。

 こうして、不平不満はロシアの下層社会や地理的縁辺部において醸成され、政治問題と化していた。

 しかし、ニコライⅡ世は専制君主であることを神から与えられた使命と捉え、国民に政治的自由を与えることや代議政治を行うことを拒否した為、それが社会と権力との対立点となった。

 この状況は、戦争によって先鋭化した。

 農民や労働者はもとより、企業家、知識階級といった広範な社会層が、専制体制の廃止、議会政治の確立、民主的権利や自由の付与、民族問題の解決、地主所有制度の撤廃を求めて、積極的に革命に参加した。



 最初の大規模な衝突は、1905年1月9日(旧暦=ユリウス暦。新暦=グレゴリオ暦の1月22日。以下同じ)に発生した血の日曜日事件であった。この事件は、未だ皇帝に尊崇の念を抱いていた一部の素朴な国民に衝撃を与えた。

 同年6月14日(6月27日)には戦艦ポチョムキンにおいて水兵の反乱が起きた。軍隊内で起きた革命運動に、政権は震え上がった。

 そして8月13日(8月26日)、ポーツマス会議決裂を知ったモスクワと首都ペテルブルクの印刷工の間にストライキが発生し、モスクワでは警官隊との衝突が起きた。

 8月15日(8月28日)にはモスクワ市内や近郊の鉄道にも飛び火し、翌日には革命政党の影響を強く受ける全露鉄道同盟によるストライキになった。

 戦争継続の生命線であるシベリア鉄道も動かなくなり、総攻撃準備を行っていたリネウィッチ軍に衝撃が走った。

 ストライキは燎原の火の如く全業種に伝わり、電信・電話、郵便、ガス灯などが停止するゼネストに発展した。

 後の世に言う、8月ゼネストの発生である。

 120の都市で200万人の労働者がストライキに参加した。50以上の都市や労働者居住地区で労働者評議会「ソヴィエト」が設立され、革命闘争を指揮するとともに実質的な行政機関として機能した。印刷工のストライキから1週間後、ソヴィエトはペテルブルクにも現れた。

 初等、中等学校、大学の授業は中止され、銀行や商店は閉店した。

 多くの著名な画家、詩人、作家は、専制を批判する作品を創ることで革命に参加した。

 ゼネスト中、「皇帝政府打倒!」「戦争反対!」「民主共和国万歳!」のスローガンが叫ばれた。

 首都の治安は極度に悪化し、港には皇帝がデンマークに亡命する為の駆逐艦が秘かに用意される事態になった。

 一方、戦費調達に関しても、何より、フランスからの外貨導入が困難になり始めていた。

 最早、戦争継続など不可能であった。



 9月3日。未だニューヨークに留まっていたウィッテら元ロシア全権の下に、本国から電文が届いた。

 「速やかに日本との交渉を再開し、講和を成立させて帰国すべし」

 そして、電文には続きがあった。

 「償金には1カペイカたりとも応じないが、サハリン割譲には応じる準備がある。鉄道に関してはなるべく我が国に有利な条件で妥結せよ。兎に角、一刻も早く講和をまとめて帰国し、国内の治安回復に力を貸してほしい」

 皇帝自ら、講和締結を認め、ウィッテに助けを求めた内容であった。実はウィッテ起用を進言したのは皇太后マリアであったのだが、勿論ウィッテ達は知る由も無かった。

 交渉決裂以来1週間、ウィッテは押しつぶされそうな不安感の中で日々を過ごしていたが、それが一気に消え去ったのを感じた。すぐさまローゼンがルーズベルト大統領と会談し、交渉再開を告げた。

 「皇帝陛下は未だ戦端が開かれていない今が、和平への最後の機会だと申しております。日本に平和への意志があるのであれば、再度ポーツマスに戻って会議を再開したいと考えております」

 この内容はルーズベルトから金子を通じ、小村の下に伝えられた。

 「これで随分、楽に交渉できるぞ」

 金子からの電文を受け取った小村は高平にそう言うと、窓際に立って外を眺めた。

 窓の外では、ニューヨーク市民が忙しそうに歩き回っていた。

  


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2014年12月26日

第1章 ポーツマス会議 14.戦闘再開か?

 翌日の米紙上には、「講和会議決裂」の見出しが躍っていた。

 どの新聞も、戦闘再開となった場合の日露双方の出方や被害等の予測記事を掲載している他、会議決裂について、頑ななロシアを責める新聞があれば、ロシアを挑発し、尊厳を傷つけた日本を責める新聞もあった。また、自国での講和会議を斡旋しておきながら何の調停努力もしなかったルーズベルト大統領に対する批判記事も散見された。

 このような最新のアメリカ世論は駐米公使を通じ、日本にいる桂の下にも届けられた。

 「見て下さい。どの新聞も『日本は少なくとも沿海州全部を占領するだろう』と書いてあるらしいですぞ」

 桂は閣僚達にそう言って高平からの電文を渡した。

 「勝手なことばかり書きよって…新聞の商業主義は万国共通ですな。煽るだけ煽って、責任は取らなくて良いのだから、気楽な商売です」

 寺内陸相は苦笑しながら答えたが、すぐに表情は強張った。

 「しかし、拙いことになりました。ロシア軍の精鋭部隊に対し、我が方は兵員も弾薬も補充が追い付いていません。これではハルビン占領どころか、既占領地の防衛すらままなりませんぞ」

 山縣も苛立ちの表情を見せた。

 「小村君は一体どういうつもりだ?ウィッテが償金放棄と引き替えに樺太全島割譲を提案してきた時点で交渉をまとめておけば、こんなことにはならなかった。欲を出して東清鉄道の全線放棄など迫るものだから、かえってロシアの反発を招いたではないか。こうなったら、交渉を決裂させた小村君には即刻辞表を出させ、高平君を立てて会議再開を請うしかないのではないか」

 「そんな事をしたら、益々ロシアが増長するに決まっているじゃないですか」

 「では、この難局をどうやって乗り切れと言うのだ!いくら海軍が制海権を確保しても、我が方には輸送出来る弾薬も兵員も無いのだぞ!」

 山縣は山本海相を一喝し、返す刀で桂にも食ってかかった。

 「大体、ハルビンまでの南部支線取得を再交渉せよ、と命じたのは桂君ではないか!まさか、小村君には本線の放棄要求まで指示していたのか!?」

 「いえ、そこまでは」

 桂は首を横に振り、続けた。

 「本線放棄の要求は小村君の独断ですが、なかなか巧妙な提案だったのではないでしょうか。巧くいけば、向こう30年間はロシアの南下を恐れずに済みます。まあ、会議が決裂してしまっては元も子もありませんが、きっと小村君は打開策を考えている筈です。あっさり交渉決裂に至らせたことが、何よりの証拠です」

 「随分と小村君を買い被っているようだが、確証はあるのかね?ルーズベルト大統領の調停を考えているとするならば、とんだ期待外れになるぞ。ロシア皇帝は既に誰の意見も聞く耳持たなくなっているようだからな」

 睨め付ける山縣に、桂は涼しい顔で答えた。

 「しかし、兵站と軍資金の補充が出来なくなれば、流石のニコライも調停に応じる他ないでしょう」

 「何か、策があるのか?」

 訝りながら訪ねる伊藤に、桂は不適な笑顔を見せた。

 「見ていて下さい。数日後には、ロシア側から会議再開を請うてくる筈です」
  


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2014年08月25日

第1章 ポーツマス会議 13.講和会議決裂

 翌日の最終会議で、ウィッテは開口一番、言い放った。

 「貴殿は昨日の会議の後、新聞記者達に我が国のことを侵略国家だと触れ回ったそうですな。これは全くの事実誤認であるだけでなく、我が国に対する重大な侮辱だ。このような扱いを受けた以上、我々は名誉の為に戦う他無い」

 怒りに震えながら拳で机を叩くウィッテに、小村は冷然と答えた。

 「会議中、何度も申しましたとおり、我が国は、樺太は奪われたもの、と認識しております。貴殿が読まれた新聞がどういう書き方をしていたのかは存じ上げないが、島を奪った行為を侵略と呼ぶのは普通の考えではないでしょうか」
 
 「では、日本が清から台湾を割譲させた、あの戦争はどうだ。あれこそ侵略戦争ではないのか」

 「日清戦争は朝鮮を独立国と認めるか否かの戦いでした。台湾は戦争の結果、講和会議で割譲された島であり、我が国が台湾に武力侵攻して戦争を起こしたのではありません。樺太の場合とは全く違うことを理解していただきたい」

 ウィッテは溜息を吐いた。

 「どのように抗議しても、貴殿は考えを改める気はないようですね。かくなる上は、ここでお互い袂を分かち、本国に引き上げる他ないでしょう」

 「それもやむを得ないでしょう」

 小村が静かに答えた後、暫し沈黙が流れた。

 重い静寂に包まれた後、先に声を発したのは、やはりウィッテの方だった。

 「我々は明日、ポーツマスを発ってニューヨークに向かいます。こうなることは予想しておりましたので、昨夜の内にニューヨーク市内にホテルも取っております。後でローゼンの方からホテルの住所と部屋番号を書いた紙を渡させますので、もし貴殿が考えを改めるようなことがありましたら、至急そちらに連絡をいただきたい」

 「了解しました。我々も一旦ニューヨークを経て、西海岸まで移動してから船に乗ります。明日までに、我々の方も滞在するホテルの連絡先をお伝えしましょう。この会議で和平を達成出来なかったのは至極残念でありますが、お互い譲れない部分がありましたので、仕方ありません。出来れば、ここにいる我々だけでも、悪感情を残さないように別れたいが、どうでしょうか」

 「勿論、そのつもりです」

 ウィッテはそう言って、右手を差し出した。小村は一回り大きいその手をしっかり握りしめ、高平とローゼン、他の随行員達もそれに倣った。

 1905年8月24日10時45分。予備会議から数えて16日目、延べ10回に渡るポーツマス会議は、こうして決裂したのである。

 小村はホテルに戻るとすぐに本国に電報を打った。

 「交渉は決裂。速やかに戦闘再開に備えられたし」

  


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2014年08月24日

第1章 ポーツマス会議 12.新聞操作

 滞在先のホテル、ウェントワース・バイ・ザ・シーの外には、いつものように新聞記者達が記事のネタを取りにやってきていたが、いつも饒舌なウィッテは

 「お互い、平和への最後の望みをかけた交渉を行った」

とだけ伝え、追いすがる記者達を振り切ってさっさと部屋に帰ってしまった。

 続いて、日本全権が到着した。

 数名の記者が無駄だと思いつつも、小村達を取り囲んだ。

 身長160cmに満たない小柄な小村を白人達が取り囲む。小村は自分より背の高い男達を見上げながら口を開いた。

 「ロシアは償金放棄を条件に、樺太全島の割譲を提案してきたが、樺太は古来より、我が国の領土であります。日露の外交関係が始まった頃、ロシアは軍事力が未整備という我が国の弱味を巧みに利用し、平和的手法を装って島を強奪しました。30年後の現在、日本はロシアと軍事的に対等になり、この度の戦争で漸く島を奪還することが出来ました。我が国としては、是非ともこの機会に、ロシアが過去の過ちを謝罪し、島を日本に返還してほしいのだが、仮にロシア皇帝が謝罪も返還も拒否するのであれば、戦争は続くことになるでしょう」

 珍しく口を開いた小男の言葉に、記者達は一様に驚きを隠せなかった。更に数名の記者が小村達のところに駆け寄ってきた。

 「島に関するそのような話は初めて耳にしたのですが、それは事実ですか?」

 記者の1人が訊ねてきたので、小村は大きく頷いた。

 「詳しく知りたければ、間宮林蔵という日本人のことと日露外交の歴史を外務省に問い合わせてみて下さい。わたしの言ったことが間違いないことが分かるでしょう」

 また別の記者が訪ねた。

 「償金は放棄するのですか?」

 「日本は金欲しさに戦争をしたのではありません。ロシアが侵略行為を深く反省し、二度と極東に戦争の惨禍を巻き起こさないと約束するのであれば、日本、いや世界は償金以上のものを手に入れることが出来るでしょう」

 必死にメモをとる記者達の目が輝いていたのを、小村は見逃さなかった。



 一方その夜、ウィッテは酷く憔悴していた。

 夕刻、会議の状況を本国に伝えた後、彼のもとに届いた返電には

 「謝罪及び東清鉄道放棄の要求には応じない。領土は寸分たりとも割譲しない。貴殿は交渉決裂を告げ、速やかに帰国すべきである」

とあり、更にこう続いていた。

 「貴殿は先の皇帝陛下の勅命を無視し、あろうことか領土割譲の提案を行った。陛下はたいそうお怒りである」

 ウィッテは絶望的な気持ちになった。

 「閣下の秘策は日本側に逆手に取られたようです。明日の朝刊は、我が国に講和を強く迫る内容になるでしょう。しかし、交渉打ち切りの勅命がある以上、我々はこれ以上会議を続けることが出来ません」

 傍らのローゼンは溜息を吐いた。

 「どう考えても、八方塞がりだ。しかし、考えようによっては、本国が真剣に講和を考える契機になるかもしれん」

 「そうなることを願いたいですね。ただ、どんな形で講和をまとめようと、我々は銃殺かシベリア送りでしょう」

 「しかし、それでもわたしは愛するロシアと皇帝陛下の為に少しでも有利な条件で講和を結びたい。まあ、陛下がわたしを解任してしまえば、それも叶わないが……」

 暫し沈黙が流れた後、ウィッテは力なく言った。

 「明日、会議の終結を宣言し、帰国しよう。但し、その行程はゆっくりで良い。取り敢えず一旦ポーツマスを出てニューヨークまで引き返し、暫くそこで滞在しよう。その間に事態が好転するのを待つ他ない」

  


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2014年08月23日

第1章 ポーツマス会議 11.小村の反撃

 このブログも随分放置してしまいました。その間にも、世間では台風や豪雨などの自然災害が猛威を振るっており、大勢の方が亡くなりました。心よりお悔やみ申し上げます。また、政府においては、国土強靭化の速やかな実行をお願いします。



 さて創作の方ですが、ポーツマス会議編もようやく終わらせる目途が付きましたので、再開です。最終更新から1年以上経過していたのですね(^_^;)

 また、ポーツマス会議編がやたら長くなってしまいましたので、過去の記事も章立てを変更しました。

 ポーツマス会議編はあと5,6回で終わると思います。第一次桂内閣が退陣するのは・・・あと10回くらい後でしょうか?

 それでは、再開です。


第1章 ポーツマス会議 11.小村の反撃



 「それは、貴国が強圧的な方法で我が国から奪い去った樺太を返還する意思がある、と解釈してよろしいか」

 「奪ったのではありません、条約によって国境を画定したものです」

 「我が国民の多くは奪われたものと考えております。貴国が我が国に行った侵略を悔い改め、謝罪の上で全島返還するとおっしゃるのであれば、我が国はこれ以上金銭の支払いを要求するつもりはありません」

 「サハリンは平和友好的な条約により、我が国の領土となった島であります。よって謝罪もしませんし、返還という言葉は馴染みません。ロシアは侵略国家ではない」

 むっとした表情でウィッテは応えたが、小村は平然とした口調で言い放った。

 「いいえ、侵略国家であります。現に東清鉄道、あれはれっきとした満州への侵略行為の証ではありませんか。ロシアが真に侵略国家でないとおっしゃるのであれば、東清鉄道は全線放棄すべきであります」

 「曲解するにも程がある!東清鉄道は侵略の為に造った鉄道ではない!ロシア極東地域の発展の為に必要だったもので、たまたま最短コースが清国領内を通っただけのこと。仮にこれがなければ、ウラジオストックを始めとする諸都市の発展は望めなかったでしょう。東清鉄道は、まさに極東地域の命綱なのです」

 「だが、他国の領土内にロシア管理下の鉄道があるのは、いかにも不自然であります。しかもそれが命綱ですと?更に、南部支線は極東地域の開発には何の関係もない筈です。やはりロシアは、満州を併合する意図が有った、と受け取られても仕方ないのではないですか?」

 詭弁だ、とウィッテは立ち上がった。

 「貴殿こそ、東清鉄道放棄を迫る意図は何だ!逆に、日本が東清鉄道を抑え込むことで、ロシア極東地域への侵略を企てているのではないか!?」

 「我が国にそのような意図はありません。東清鉄道も、何も全線日本に割譲せよとは申しておりません。南部支線は当初要求どおりハルビンまでの割譲を再要求するが、本線は清国に返還するか、国際共同管理とすべきだと申しておるのです。清国の鉄道管理能力等を鑑みれば、国際共同管理が最も妥当なところだと考えます。いずれにせよ、謝罪とその証としての東清鉄道放棄が受け入れられないのであれば、貴殿の提案に応じるわけにはまいりません」

 ウィッテは暫し拳を振るわせていたが、やがて冷静になったのか、再び椅子に腰を下ろして考え込んだのちに答えた。

 「皇帝陛下が同意なさるとは到底思えないが、本国に伝えましょう」

 こうして、この日は散会し、最終会議は明日に持ち越されることとなった。
  


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2013年05月03日

第1章 ポーツマス会議 10.ウィッテの計略

 8月23日、日露両国全権は13回目となる最終会議に臨んだ。

 小村は、樺太を二分し、その代償金として12億円の支払いを要求する覚書をウィッテに渡した。ウィッテはそれに目を通すと

 「12億円はサハリンの北半分を返還する代償、とあるが、それは償金の名目を変えたに過ぎません。我がロシア政府は、一切の金銭支払いに絶対に応じられません。日本は償金の考えから一切脱却して、何らかの妥協案を成立させることが出来る考案をすべきであります」

と答えた。小村は

 「我々が提出した方案は、樺太島譲与と軍費払戻の二大問題の解決に関する一切の難題を排除する為に作成されたものです。一方において我が国がその領有を重要視し、しかも現に占領中である事実に鑑み要求している樺太島問題に関する妥協となり、他方においては貴国が償金名目で支払うことが出来ない、とする軍費問題に関する妥協となります。なおかつ本案の形式は、貴国が頗る強固に維持している異議を排除し、同時に樺太島北部を貴国に還付する一方法であります。そして日本はその還付に関し妥当な金額を要求しています。よって軍費払戻要求の撤回は、覚書にも書いてあるとおり、本妥協案の受諾を条件としなければ行われないものであることを省慮して下さい」

と述べ、

 「要するに我が方においてはこれ以外に妙案が無いのであって、もし貴国に案があれば喜んで考量を加えたいと考えます」

と続けた。

 「本国政府の承認を経た考案は何ら持ってはいませんが、わたし個人があくまで参考として問いたい点があります」

 ウィッテはそう言い、小村を見据えた。

 「もしサハリン全島を日本に譲った場合、貴国は金銭の支払い要求を撤回する意思はありませんか」

 これはウィッテの策だった。

 彼は、日本は軍費支払い要求を絶対に放棄しないだろう、と確信していた。ならば、日本側から償金放棄を拒否するという言葉を引き出そうと考えたのである。彼の提案を本国政府が了承する見込みは無かった。だが、ロシアが最後の妥協を試みたことは事実として残り、日本が金銭の為に戦争をしたのだ、と全世界に宣伝出来る。

 つまり、講和破綻の全責任を日本に押し付け、世界中の世論をロシア寄りにさせる為の一大演技だったのだ。

 (そう来たか)

 小村は眼前の大男の提案に、内心小躍りした。

 もとより償金放棄は東京からの指示である。しかも、同時に放棄を指示された樺太島については全島の領有まで視野に入ってきたのであるから、何ら異存は無かった。

 だが、彼はまだ首を縦に振る気は無かった。ウィッテの示した案は彼個人の提案であり、ロシア政府からは何の許可も得ていないものである。易々とそれに乗っかり、梯子を外される愚は避けたかった。それに、本国から支持された再交渉については、まだ何も提示していない。

 小村は暫く考え込んだ後、答えた。
  


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2013年04月29日

第1章 ポーツマス会議 9.本国政府の訓令

 現地時間21日、金子からルーズベルトとの会談内容の報告を受け取り、翌22日の会議を1日延期することが決まった直後、本国から小村宛に至急電が舞い込んできた。

 「政府は貴官らの報告に対し、最も慎重な考量を加えたる結果、以下の妥協案によって会議を成立させるよう指示する。米大統領の勧告にロシア側が耳を傾けず、あくまで代償金支払いを認めない場合は、遺憾ながら速やかに償金を放棄し、樺太割譲に注力するものとする。但し、交渉を円滑に進める為、北樺太獲得には拘らないものとする。それでも妥結の見込み無き場合は、南樺太の割譲要求も放棄するものとする。いずれにしても貴官らの適切な努力で妥協の道が開かれたことは政府において最も満足する所であるが、未だロシア側と妥結に至っていない項目は比較的必要条件であることからして、いたずらに交渉を長期化させて当初の戦争目的が水泡に帰すことは厳に慎まなければならない・・・・・・」

 暗号文の翻訳が進むにつれ、全権団の目に涙が浮かんできた。

 「なんという弱腰だ・・・・・・我々がこれまでしてきた折衝の努力は何だったのか!」

 「政府は国民がどんな思いでこの戦争を戦ってきたのか、分かっているのか!」

 「継戦に打って出て死中に活を求めることこそ、講和への近道である!」

 全文の翻訳を終えた高平副全権らは口々に政府を罵った後、小村の待つ部屋へ入っていった。

 小村は電文に目を通すと、眼を真っ赤に泣き腫らした高平らに何時もと変わらぬ表情で座るよう言い、翌日の会議に臨む打ち合わせを行った。

 「本国政府がこのような訓令を寄越してきた理由は、代償金については殆ど絶望的で、割地についても望みが薄い、と考えているからだろう。俺もルーズベルト大統領の勧告にロシア皇帝が応じる見込みは殆ど無いと思う。しかし、次の会議で両要求を撤回するのは愚策ではないか。ロシア側に足元を見られ、政府の言う再交渉まで頓挫することは必至だ。それは日本の外交的敗北であり、今後の関税自主権回復交渉にも影響を及ぼす恐れがある。両要求の撤回は、ロシア側の更なる妥協案を待ってから行うべきだ」

 小村の言に、皆が首肯した。小村は彼らを見渡して言った。

 「一つ、根競べしようではないか」



 一方その頃、ロシア全権にも本国から入電があった。

 「皇帝陛下におかれては、一握りの地も1カペイカの金も譲歩してはならぬ、と仰せだ」

 こう書かれた本国からの電文に、ウィッテは顔を顰めた。さらに

「談判打ち切りの勅命は、恐らく明日22日夕刻に打電されるだろう」

と記されていた。

 ウィッテは

 「サハリンは現に日本軍が占領しており、我が軍が奪回することは不可能と思われます。日本側の譲歩も拒絶して談判打ち切りを宣言すれば、我が国は全世界から非難されるでしょう」

と抵抗したが、翌朝のラムスドルフ露外相からの返電は

「皇帝陛下は、日本が要求の全てを放棄しないことを確認したので、ここに談判打ち切りを正式に貴官に命じた。償金問題はもとより、サハリン問題についても、これ以上の討議は不要である。貴官はこの勅命を受けたことを米大統領に告げ、これまでロシアに示してくれた好意に感謝の言葉を伝えよ。ロシア政府は談判打ち切りを声明するので、打ち切りの正確な日時を報告せよ」

という冷淡なものだった。

 ウィッテは絶望しながらも返電を発した。

 「勅命に従い、明日の会議で声明を発するが、大統領は皇帝陛下に宛てた親電に対する陛下の返電を受け取っていません。それなのに談判打ち切りを宣言すれば、大統領の感情を損ねるでしょう。それを避ける為、最後の会議を引き伸ばしする策をとることを許していただきたい」
  


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2013年04月27日

第1章 ポーツマス会議 8.閣議(2)

 色々忙しくて更新を怠っていたら、最後の投稿から2ヵ月以上が経過してしまいました。TPPや選挙制度など、物申したいことは色々あるのですが、取り敢えず静観を続けたいと思います。
 しかし、2ヵ月も放ったらかすと書き方を忘れてしまいますね(^_^.)

 という訳で再開です。(またすぐに止まるかもしれませんが・・・・・・)







第1章 ポーツマス会議 8.閣議(2)



 講和の方針は固まった。しかし、何をどこまで妥協して講和をまとめるのか、議論は容易にはまとまらなかった。

 曾禰大蔵大臣は、あくまで償金を要求するよう求めた。

 「戦後の財政立て直しを考えると、償金を放棄するには忍びありません。12億円が無理でも8億円、いや6億円までなら譲歩出来るのではないでしょうか」

 「もし6億以下、あるいは代償金の支払い自体ロシア皇帝が認めない場合は?」

 桂の反問には、海軍大臣の山本権兵衛が答えた。

 「結論は先ほど出た筈です。戦争継続は不可能、よって、その場合は償金を放棄すべきであることは当然です」

 不満そうな顔付きの曾禰に対し、山本は一喝した。

 「我々は、金銭を得る為に戦争をしたのではない!」

 山縣や寺内正毅陸相も同調したので、曾禰は反論出来なかった。

 ここに、償金放棄を含む大幅譲歩の方針が決定した。



 次いで、議論は樺太割譲問題に移った。

 「樺太はあくまで求めていくべきだと、予は考えます。樺太は現在、我が軍が完全占領を果たしている上、歴史的にも日本領であったことは疑いない地です。また、戦勝国として割地を要求するのは当然であります」

 償金放棄を主張した山本も、樺太は譲らなかった。

 「ロシア皇帝は、一握りの土も日本に渡してはならぬ、と厳命しているそうです」

 桂は冷静に、ロシア国内の情勢について意見を述べた。

 「ロシア国内の混乱は激化しており、革命の兆しすらあります。しかし、ロシア政府内部では日増しに強硬意見が高まっており、講和会議打ち切りの意見が大勢を占めているそうです」

 「予が得た情報も、ほぼ同じだ。真に憤慨に堪えぬが、樺太割譲を要求することは、戦争継続に直接繋がる。講和の成立を実現させる為には、この問題においても大譲歩をする以外に無い」

 山縣も同調したが、山本は尚も割地に拘った。

 「山本さん、貴方は割地を譲るべきではないとの考えだが、北海道と宗谷海峡の防衛以外、樺太を得る際立った利点はあるのですか?」

 桂はそう言い、諭すように続けた。

 「望みのない交渉を幾度にも亘って行った挙句、償金も領土も放棄したとなると、我が国が受ける外交上の失点は計り知れません。戦争は外交の継続でありますが、外交もまた、戦争の継続であります。ロシアは、例え戦場で敗北しようとも、その後の交渉で如何様にもなる、と考えるのは必至。即ち、講和が成立したとしても、その実行は覚束ず、事実上講和条約は空文に帰するでありましょう。そうなれば、戦後の我が国の立場は著しく不利となり、不平等条約の改定などの課題処理に少なからぬ悪影響を与えるでしょう」

 「・・・・・・確かに、閣下の仰るとおりです」

 「ロシア海軍がほぼ壊滅した今、樺太を安全保障の観点から手に入れる必要性は薄れました。冷静に考えるならば、森林開発くらいしか経済的恩恵を受けない土地の取得に、継戦の覚悟を持って挑むべきでしょうか。予は交渉の原則から言って、妥結の見込みの無い要求は早期に取り下げるべきだと考えます」

 「埒のあかない要求は可能な限り早期に撤回し、外交上の失点を阻止する、桂君の言うとおりだと思う」

 伊藤も同調し、ついに山本も折れた。

 会議室に緊張した空気が広がった。皆、桂が重大決心をした上での発言を待った。

 「ロシア政府の正式回答では、代償金案は恐らく拒否される筈です。その場合は速やかに見切りをつけて要求を撤回するよう、小村君に指示するつもりです。次回会議では樺太の割譲について全力を注ぐが、北半分は放棄もやむなし、南半分についてもロシア側が断固応じない場合は、これもまた断念する他ないでしょう」

 予想された答えとはいえ、皆、落胆の色を隠せなかった。

 「余りに・・・・・・余りに屈辱的な内容ですが、致し方ありません。世界最強の陸軍国と渡り合って競り勝ち、12ヶ条の要求の内、8ヶ条まで呑ませたのだから、これで良し、とすべきでしょう」

 陸軍大臣の寺内正毅が、涙ながらに発言した。

 「但し、それで簡単に講和を成立させてしまっては、我が国の継戦能力を疑われてしまいます。最終会議はあと1回延ばし、最後に、妥結済みの案件についてロシアとの再交渉を指示するつもりです」

 桂の意外な提案に、全員の視線が彼に集中した。
  


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2013年02月16日

第1章 ポーツマス会議 7.閣議(1)

 第7回本会議の議事録と、秘密会で提案のあった妥協案への指示を求める日本全権からの電文が届いたのは、日本時間の19日早朝であった。

 首相兼臨時外相の桂は電文を一読すると、早速諸元老と主要閣僚並びに満州軍関係者を霊南坂の枢密院議長官邸に集め、協議を始めた。



 「小村全権からの報告では、樺太を北緯50度で南北に分割し、北半分をロシアに返還する代償として、12億円の支払いを要求する、という内容ならば、妥協が成立する可能性がある、とあります」

 出席者一同、驚いた。前日に届いた電文では、会議決裂が迫っている、と書かれており、ルーズベルト米大統領の調停が成功することを祈るのみだったのだから、これはまさに急展開だった。

 「妥当な判断だと思う。賠償金は全面的に拒絶しているのだから、樺太北半分の代金として12億円なら、ロシア政府も納得するのではないか」

 伊藤博文枢密院議長が発言し、同調する声が広がった。

 「但し、ロシア側が代償金を10億円以下にするよう主張した場合は、直ちにポーツマスを引き揚げる、ともあります」

 桂の報告に、閣僚達の間から賛否両論が沸き起こった。

 「それでも仕方ない、講和を結ぶべきだ」

 「否、賠償金の代わりとしては、安過ぎる。決裂覚悟で、強硬に要求を押し通すべきだ」

 室内が騒然となる中、桂は

 「山縣参謀総長、満州はどのような状況だったでしょうか」

と、陸軍参謀総長の山縣有朋に問うた。山縣は7月21日から満州に赴き、派遣軍の状況と将兵の士気調査を行って先日帰国していた。

 「大山総司令官以下の情報を統合して検証した結果、ロシア軍の増強は予想以上に進み、リネウィチ総司令官の指示の下、戦線の整備も着々と整えられているようだ」

 「ロシア軍の総兵力は?」

 「歩兵538大隊、騎兵219中隊、砲兵207隊。これは我が方のおよそ3倍に達する」

 一同は呻いた。しかも、増強されたロシア軍将兵は欧州方面から送られた精鋭部隊で、連敗の汚名を返上しようと戦意も盛んであるという。

 「例え我が軍がハルビン攻略を目指しても、途中に3つの堅固な陣地があるそうだ。1つ占領するのに死傷者2~3万人は覚悟しなければなるまい」

 「よく分かりました。曾禰さん、現在までの戦費と、外債の募集額は幾らになっていますか」

 今度は大蔵大臣の曾禰荒助に問うた。

 「戦費は約18億2千万円、外債は4回の募集で合計8200万ポンド(約8億円)となっています」

 「もう2、3度、募集出来る見込みは?」

 「前回の募集の際、欧米銀行団には、これが最後だという旨を伝えて募集を掛けています。それなのにまた募集となると、彼らは担保に不安を抱くかもしれません。後は、高橋副総裁の交渉に掛かっています・・・・・・」

 「仮にハルビン、ウラジオストク攻略作戦を行うとして、後どの位の戦費が必要になりますか」

 「まず、ハルビン攻略自体が、上手くいっても年末まで掛かるだろう。ウラジオまで進軍するとなると、1年以上の継戦は覚悟しなければなるまい。そうなると、17、8億円でも足りるかどうか・・・・・・」

 「17、8億円ですと!?現在でも死力を尽くして18億円を捻り出しているのに、更に同額を準備せよ、と・・・・・・!!不可能です、財政は完全に破綻するでしょう!!」

 悲痛な叫びを上げる曾禰に頷くと、山縣は声を張り上げた。

 「はっきり言って、ウラジオ占領でも講和が成立しない場合、それ以上の進撃は不可能だ。ロシア軍を再起不能にさせることは望めず、万が一、戦費調達に支障を来すようなことがあったら、弾薬も糧食も底を突き、全軍が大陸の原野に立ち往生しなければならなくなるだろう」

 「戦争継続は到底不可能、ということで宜しいですか」

 桂が結論を求めた。反対意見は、無かった。

  


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2013年01月20日

第1章 ポーツマス会議 6.秘密会議

 18日午前10時、第7回会議が開催された。

 小村はウィッテに、前夜作成した覚書を手渡した。そこには、樺太割譲と償金支払に応じるならば、第10条の抑留艦艇引き渡しと第11条の海軍力制限を撤回する、と書かれていた。

 ウィッテは驚いて顔を上げると、改まった口調で小村に話しかけた。

 「両国全権のみで秘密に話したいことがあります。書記官等に席を外させ、秘密会を開きたい」

 小村は受諾した。両国全権の4名を残して全員が退室すると、会議室は静寂に包まれた。

 小村は、ウィッテが話を切り出すのを待った。俄然、期待が高まる。

 「わたしは本国政府から、サハリン割譲と償金支払については絶対に受け入れてはならぬ、と厳命を受けています。しかし、このままでは会議は決裂以外にありません。わたし個人としては、是非講和を成立させたいと願い、打開案を求めようと思っています」

 「わたしも講和を成立させたいと願っています」

 小村はウィッテに同調し、続く言葉を待った。

 「・・・・・・妙案が無くて、困っています。まず、償金に関しては、我が国は完全に敗北した訳ではありませんから、絶対に応じられません。ただし、サハリンに関しては、もしかしたら妥協の道があるかも知れません」

 ウィッテはそう言うと、前屈みになって小村の目を見据えた。

 「あくまでわたし個人の考えですが、サハリンを南北に分割領有する案はどうでしょうか?北部は我が国がアムール川一帯を防衛するのに必要ですが、南部は漁業資源が豊富なので、日本が領有すれば都合が良いでしょう。どうでしょうか?」

 「樺太に対する国民の愛着は深いものがあります。しかも、現在我が軍が占領しています」

 小村は無表情で答えた。ウィッテの顔が曇ったのが分かったが、一呼吸置いて続けた。

 「しかし、ロシアの事情も同情出来るので、貴国が一歩譲る気持ちがあるのであれば、我が方も一歩譲歩しないでもありません。わたし個人の考えを述べさせていただくならば、樺太を分割して北半分をロシアに返還する場合、それ相当の代償を支払ってもらわねばならない、と考えています」

 「一理あります」

 「その金額は、少なくとも12億円以下では日本政府も承諾しないと思われます。また、樺太を分割するとしたら、境界線は北緯50度が適当であろうと思われます」

 「境界線については同意出来るが、代償については本国政府が承諾しないでしょう」

 ウィッテは答えたが、話し合いの末、代償案に合意するならば、日本側と妥結に達する旨を本国に伝えることを約束した。





 昼食を挿んで協議を重ね、午後2時半、秘密会議は終わった。その後、両国書記官も加わった本会議が再開され、第12条の漁業権について話し合われたが、対立点も殆ど無く短時間で妥結し、講和条件全ての討議が終了した。

 残すのは21日月曜日の最終会議のみであったが、ここでウィッテは1日延期を提案し、小村もそれを承諾して、午後4時半に散会した。

 ホテルに戻った小村達は、早速、妥協案について本国の指示を仰ぐ電文を打った。

 翌朝、ロシア側副全権のローゼンはルーズベルトからの電報を受け、ホテルを発った。同じ頃、金子も小村からルーズベルトに会うよう指示され、ローゼンと鉢合わせしないよう21日に大統領の別荘を訪れた。

 ルーズベルトは、ローゼンとの会談が不調に終わったことを憮然とした顔付きで金子に話したが、金子から前日の秘密会議で出た妥協案を聞かされ、眼を輝かせた。

 「日本側の大きな譲歩だ。ロシア皇帝に、妥協案を受諾するよう勧告しよう」

 ルーズベルトは、日本側の妥協案を全面的に支持し、また、金額面のさらなる譲歩も準備するよう、金子に伝えた。
 
 最終会議は、ルーズベルトの調停が入ったことで更に1日延期され、23日に変更された。

 その日の内に、まずは日本側に本国から至急電が届いた。
  


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2013年01月19日

第1章 ポーツマス会議 5.手詰まり

 午後からの討議は第10条と第11条、即ちロシア軍艦の引き渡し要求とロシア海軍力制限に関してだったが、これも折り合いが付かず、結論は持ち越しになった。

 「明朝、第11条の意見書を交換し、第12条の討議を行いましょう。明後日土曜日と日曜日は休会とし、月曜日午後3時に最後の会議を開きたいと思います」

 ウィッテの提案を小村は承諾し、散会となった。



 ホテルで夕食を済ませた小村らは、取り敢えずその日の会議結果等を本国に打電した後、高平副全権らと協議を始めた。

 「第12条は兎も角、妥結していない残りの4条件については、ロシア側は受諾しないだろう」

 小村は疲れた表情で高平らに語った。

 ロシア政府がウィッテ達に対し、会議を即中止して帰国せよ、と命令しているという情報ももたらされていた。

 最終会議まで、あと4日しかない。

 小村は電信主任に、次のような内容の電報を本国、それからニューヨークの金子宛に発信させた。

 「樺太割譲と償金について、ロシア側は絶対に拒絶の態度を崩さないと判断される。その為、抑留艦艇引き渡しと海軍力制限の2条件を撤回し、樺太及び償金の受諾を強く求めるが、それでもロシア側が受け容れる望みは殆ど無い。ロシア側はニューヨークに引き揚げる模様なので、日本側もこの地を離れ、ルーズベルトの最後の手段に任せようと思う。それも殆ど効果は期待出来ない情勢で、その時には遺憾ながら戦争継続もやむを得ない。もし、これについて指示あるならば、21日月曜日前に発信されたし」



 ニューヨークの金子に電報が届いたのは、その日の深夜だった。

 驚いた金子は、夜明けと共に急いでルーズベルト大統領の別荘に向かい、電報を大統領に見せた。

 「わたしからロシア皇帝に親電を送り、譲歩の精神で会議を進めるよう勧告する。ただしウィッテの立場も考え、まずはローゼン副全権をここに招いて、そのことを伝えよう」

 ルーズベルトは暫く思案した後、こう言って秘書官にウィッテ宛の電報を打たせた。





 その頃、ウィッテも本国政府に指示を迫っていた。

 「償金要求はあくまで拒否するが、サハリン割譲の件については、我が国が同島を領有する以前に日本が権利を持っていたこともあり、割譲も考えられる。その場合は、同島を軍事基地化しないことを条件とする・・・・・・」

  


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2013年01月14日

第1章 ポーツマス会議 4.ウィッテの抵抗

 15日午前の会議は、第5条の樺太割譲の件が妥結されないまま終了し、昼食と休憩を挟んで、午後3時半から第6条の討議に入った。

 第6条は遼東租借権についてである。

 ウィッテは、遼東租借権については清国の同意を必要とする、という代案を示してきた。

 それでは遼東租借権は清国の不同意を口実にロシアが拒否することが出来てしまう。小村は反対したが、結局、租借権に関してはウィッテの主張を認め、但し書きで日清交渉の余地を残すことで妥協し、この日は散会となった。



 翌16日の第5回本会議では、第7条と第8条が討議された。第7条は東清鉄道のハルピン-旅順間の経営権譲渡、第8条は満州の鉄道の利用目的を商工業に限定する、という内容である。

 これに対しウィッテは、鉄道の権利については日本軍の占領下にある部分のみの譲渡とし、譲渡部分についても露清間の敷設契約に則って、清国からの買収代金収入を日本に交付する、という代案を示してきた。

 つまり鉄道は清国のものとなり、日本は代金を得るのみで終わってしまう。小村は強く反対し、鉄道に関しても第6条と同様の形式とすることを提案した。

 ウィッテは東清鉄道が民間会社であることを理由に反対したが、小村が露清間の秘密条約を暴露したことから軟化し、妥結するこことなった。

 妥協により、譲渡する区間は日本軍占領地域北方の長春以南となったが、長春-吉林間の敷設権や付属炭鉱等も含めて一切を日本が取得出来た。第8条に関しては、簡単に妥結出来た。



 17日の第6回本会議は、いよいよ第9条、即ち賠償金についての討議である。

 ウィッテは開口一番、断固拒否の姿勢を見せた。

 「回答書に記したように、我が国はこの条件を拒絶します。議論の必要はありません」

 「討議すら拒絶するとは、理解できません」

 小村は射るような眼差しをウィッテに向け、非難の声を上げた。

 「このような要求を受け容れるのなら、寧ろ戦争を継続した方が良い!」

 ウィッテはテーブルを拳で激しく叩き、捲し立てた。

 「償金を支払うのは、完全に戦争に敗れた国のすることである。モスクワかペテルブルグが攻略されたというならばいざ知らず、今はそのような状況にはない」

 「我が軍はともに大勝利を得ているが、それにもかかわらずこのような温和な講和条件を出しています。もし立場が逆であれば、貴国の要求は厳しいものになっていた筈です」

 「ニェット!もし我が軍が東京を攻略したならそうするだろうが、それ以前に講和会議が開かれたならば、償金要求のような過酷な要求はしません」

 「過酷ではありません。穏やかな条件であることは、全世界の意見でもあります」

 「そのような意見があることなど、わたしは知りません」

 暫し応酬が続いたが、ウィッテは譲歩の気配を見せない。小村は第9条も後回しにして、次の討議に移ることを提案し、午前の会議を終えた。
  


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2013年01月13日

第1章 ポーツマス会議 3.樺太割譲交渉(2)

 ポーツマス会議は第5条の樺太割譲を巡り、最初の暗礁に乗り上げた。

 沈黙が会議室を支配する中、小村は桂首相からの内命を思い出していた。



 「『比較的必要条件』を放棄してでも、必ず講和を成立させてくれ。我が国には、最早戦う力は残っていない」

 桂は、今にも泣き出しそうな顔で小村に言った。

 事実、奉天の日本軍は激戦による消耗の結果、僅か20万。弾薬は当初見積もりの10倍を超え、現地司令部からはあと1年以上の弾薬備蓄が無いと戦えない、との報告さえ来ていた。一方のロシア軍は、着々と体制を立て直し、満州北部に軍を終結させつつある。彼我の差は日増しに拡大しているのだ。

 「講和の件、しかと承りました。しかし、事情はロシアも同じです」

 桂の言葉に、小村は素っ気なく応えたのである。

 欧州方面からの情報によると、ロシア国内における動乱は最早手が付けられない状況にあり、革命の危機に陥っているらしい。軍内部にも反政府思想が浸透し、士気も著しく低下しているという。戦争続行など出来る訳が無く、会議が決裂すれば、ウィッテ自身も政治生命を絶たれることは容易に想像出来た。



 (そうだ、苦しいのは我が国だけではない。ロシアも我々と同じか、それ以上に苦しい筈だ)

 目の前の大男を見据えながら、小村は講和会議におけるこれまでの成果を考えた。

 今、講和会議は中盤に差し掛かり、講和条件の内、「絶対必要条件」は一部を除いて妥結した。残された条件の中にも必ず受諾に漕ぎ着けられるものもある。

 (弱味を見せてはならぬ)

 小村は押し黙ったままだった。自分から口を開けば、会議の流れがロシア側に有利になってしまう、そんな思いで沈黙に耐えた。

 暫しの静寂の後、それに耐えきれず先に口を開いたのは、ウィッテの方だった。

 「会議を決裂させることは、わたしの本意ではありません。それを避ける為、本条件の討議を一旦後回しにし、他の条件に移ることも考えられるが、貴殿はどのようにお考えか」

 「やむを得ないが、穏当な提案だと思います」

 場の空気が緩んだ。会議開始より、2時間半が経過していた。
  


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