2014年12月29日

第1章 ポーツマス会議 16.会議再開

 9月5日。霧雨が降る中、日露両国の全権は再びポーツマスに戻ってきた。

 小村の目には、僅かな期間でウィッテが随分窶れたように見えた。

 多分、自分の姿も同じように見えているだろう、と彼は思った。ロシア国内の攪乱工作や各国の調停努力によって、戦端は開かれないだろうと予想はしていたが、人生最大の賭けの結果が出るまで、彼は生きた心地がしなかったのだ。

 そして、彼は賭けに勝ったのである。




 討議はまず、樺太問題からだった。

 ウィッテが先に切りだした。

 「先日わたしが提案したとおり、日本が償金要求を撤回するのであれば、サハリンは北部も含めて全島割譲する用意があります」

 「それは本国の裁可を得たものですか」

 「そうです」

 ウィッテの口調は淡々としていた。

 懸案の1つだった樺太割譲要求は、あっさり受け入れられたのである。小村は、ロシアが真に呑めない条件が償金だけであることを確信した。

 「ならば、樺太割譲と償金の条項についてはお互い相違が無くなった為、決着することになります。それでは、東清鉄道の放棄に関してはどうでしょうか」

 「東清鉄道本線、即ち満洲里-綏芬河間を国際管理するという提案ですが、当該線路は我が国にとって死活的に重要な路線であるので、受け入れることは出来ません。但し、ハルビン以南の支線の国際管理であれば、受け入れ可能です。日本に譲渡することで妥結済みの長春-大連間はそのままに、残りのハルビン-長春間を国際管理としてはどうでしょう。日露間に中立地帯を設けることで、両国が再度衝突する危険も無くなります」

 小村はすかさず切り返した。

 「それならば、やはり本線を国際管理とし、支線全てを日本に譲渡すべきであります。その理由は、第一にロシアにとって死活的に重要な線路が清国領内を通過し、しかもロシアの実質的な管理下に置かれている状況は、どう考えても不自然であるからです。第二に、真に日露再戦を予防するならば、ロシア軍の輸送に制限を加える必要がありますが、一番その効果を発揮するのが、本線を国際管理に委ねることだからです。第三に、当初の我が国の要求は南部支線全線の譲渡でありました。償金要求を放棄した今、ハルビンまでの鉄路を手に入れることは経済上、重要なことなのです。また、本線が国際管理になれば、日本がハルビンまでの鉄路を入手しても、貴国に対する驚異にはならない筈です」

 「しかし南部支線は現在、日本軍の輸送に使われています。いざとなれば、日本軍は“中立地帯”を突破して我が国領内に雪崩れ込むのではないですか」

 「現在はまだ戦争中でありますので、軍の輸送は当然でしょう。ロシアが行ったように、我々も占領地の鉄道を軍事輸送に使用しているまでです。だが戦争が終結すれば、南部支線は両国の交易の為に使用される筈です。それは両国にとって利益になるのではないですか?」

 「南部支線が国際管理でも両国に利益を生む筈です。貴国が支線の取得に拘るのは、満洲に侵略の野心を抱いているからではありませんか」

 小村は大笑いした。



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Posted by なまくら at 07:04│Comments(0)創作
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