2012年02月19日

小選挙区制を維持するのは正しいやり方か?

 最近、新聞や書籍などを見て、「次のブログのテーマはこれだ!」と思ってもなかなか書けず、結局書かずじまい、ということが多く、何をしているのかわからない日々を送っております。

 それはさておき、本日の「そこまで言って委員会」で、選挙制度の話が出ていました。
 委員会では比例代表をなくすべき、という意見が多数派になりましたが、どうも議論の行方が腑に落ちなかったので、今日こそは書かせていただきます。

 委員会メンバーの多数意見として、衆院と参院の選挙制度が似通っていることがおかしい、とありましたが、その解決方法として、衆院を小選挙区のみにし、政権選択をやりやすくする、という意見にはなまくらは反対です。

 というのも、現行の小選挙区比例代表並立制においても最近は1位総取り的な結果を引き起こしている(郵政選挙や3年前の総選挙など)ことから、実質的に政権選択がかなりやりやすくなっていると思います。
 ところが、そうやって得た議席が、果たして有効に機能しているでしょうか?
 相変わらず少数政党が大政党を振り回すばかりか、大政党内も意見が分裂し、民主党のように1つの政党であることが不思議なくらい意見の相違がある党すら出てきています。
 結局のところ、憲法改正どころか、政策大綱すらスムーズにまとまらない状態で、「安定的な政権運営」などといった小選挙区制の利点が果たして機能しているのか、なまくらは非常に懐疑的です。

 また小選挙区制には、絶対的過半数の票を集めた政党が全て正しい、といった潜在的な前提条件があって成り立つものだと思いますが、そもそも、過半数、もしくは多数意見が本当に正しいのでしょうか?

 「民主主義は、それだけでは『多数参加の下での多数決制』ということでしかなく、もっと言えば少数派を排除する制度でしかなく、その排除が過酷ならば、少数派はレジスタンス権の名の下に体制そのものへの反逆に起ちあがる。民主主義の名の下での多数決制は、道徳・真理の基準を政治的な力関係に委ねることであり、それがもたらすのは少数派の絶望感もしくは依存心くらいのものである(要旨)」とは西部邁氏の意見ですが、なまくらも同意します。

 共産党や社民党の意見はなまくらの意見とは相いれないものであり、決して支持できるものではないのですが、彼らの意見も国民の意見の1つであり、(腹が立ちますが)尊重すべきものです。
 また、日本人の性格として、「図に乗る」という部分があるような気がします。少数意見は多数派が図に乗るのを防ぐ、抑止力としての機能があると思うのです。
 例えば、震災がれきの受け入れ問題、恐らく多数派は「受け入れ反対」でしょうが、民主主義の名の下での多数決制では、彼らの意見が道徳・真理の基準となってしまいます。そんな制度の下では、東北は見捨てられたも同然となってしまうでしょう。そういった時、石原都知事のような少数意見が非常に貴重なものとなるのだと思います。

 結局のところ、小選挙区制が民主主義の名の下での多数決制を極限まで突き詰めた選挙制度である以上、「和を持って尊し」とする日本型民主主義には相応しくない、としか結論づけることが出来ないのです。

 振り返ると、戦前も含めて日本が小選挙区制を導入した時は政治が混乱し、中選挙区制の55年体制下では、政治が最も機能していた時代だったなあ、と思うわけです。
 政治的思想や社会階級がアメリカやイギリスほど分化していない我が国において、彼らの制度を導入することが最適だとは思えないのです。

 選挙制度は(それ以外の諸制度もですが)、その国の歴史や民族性なども踏まえて議論すべきだと思うのです。


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