2014年03月09日

「国づくり」の長期的観点を取り戻せ

 2月27日付の産経新聞(九州・山口版)に秀逸な記事が載っておりましたので、全文転載したいと思います。


  人手不足問題に「国づくり」の長期的観点を

 最近、建設業界の人手不足のため、公共工事で施工業者が決まらない「入札不調」が全国で相次いでいます。震災復興や安倍政権の進める「国土強靭化」政策のため、公共投資は増えていますが、人材が集まらず、入札が成立しないのです。

 九州・山口も例外ではありません。公営住宅の耐震化や公共施設の完成などに遅れが生じているそうです。工事が進められなければ、せっかくの財政拡大効果も薄れ、景気回復にもつながりません

 人手不足の原因は、ここ十数年間、公共事業の大幅削減が続いたため、建設業界が縮小し、働く人々が急減したことです。1996年をピークとして安倍政権が成立するまで公共事業費は下降の一途をたどりました。2011年度の公共事業費はピーク時の半分以下でした。GDPに占める割合も3~4%台とヨーロッパ諸国とあまり変わらない水準となりました。

 この数値は、減らし過ぎだったと考えてよいでしょう。日本は公共事業を必要とする国なのです。地震や台風などの自然災害が非常に多く、耐震化や、河川や港の整備が求められます。山地も多く、道路一本通すにも山を削りトンネルを作らなければなりません。公共工事がなければ、今も昔も安定した暮らしを営むのが難しいのが日本の国土なのです。

 人手不足に陥った最大の要因は、長期的観点を失った政治の失敗だといえるでしょう。国土保全のためには、各地の建設業者の維持や人材育成への目配りが必要でした。人材育成には長い年月がかかります。公共事業悪玉論や「コンクリートから人へ」といった安易なスローガンに乗ってしまった政治家やマスコミ、そして我々有権者の責任は大きいはずです。

 人手不足への対処として外国人労働者受け入れの検討が最近本格化していますが、これには大いに疑問を抱いてしまいます。外国人労働者受け入れの理由は、安い労働力の確保ですので賃金は上がりません。建設業界に入る日本人の若者はますます減り、熟練工や職人の育成にもつながりません。治安悪化など社会的コストの増大にも帰結します。

 やはり深刻な人手不足を招いた現状を反省し、短期的な視野に陥りやすい政治のあり方を抜本的に見直す必要があります。

 かつての日本人は、次世代の社会の安寧を今よりも真摯に考えていました。例えば民俗学の祖である柳田国男は、日向の那須山(椎葉山)の吊橋の事例を紹介しています。当地では吊橋を架ける四隅の支柱として杉の大木を植林し活用していました。柳田が訪れた際、現行の支柱の大木はまだまだ長年使えるものでしたが、すでにそれぞれの大木の脇には将来の支柱の役割を果たすものとして杉の苗木が1本ずつ植えてあったそうです。柳田は「苗木が役立つころには、現在の村民は全員代替わりしているはずであるのに」と述べ、山村でも将来世代の生活を心底案じていることに大きな感銘を受けたと記しています。

 現在の日本人も、長期的観点に基づく政治を取り戻す必要があります。今回の問題でいえば、深刻な人手不足の現状を反省し、公共工事の計画的配分、労務単価の一層の引き上げ、建設業界の待遇改善への支援、工業高校や高専への奨学金創設など、遠い将来まで見越した総合的な政策立案が求められるでしょう。一時の風潮に惑わされスローガン政治に陥った過去を反省し、長期的観点を忘れない国づくりの原点に戻る必要があるはずです。

 施 光恒(せ てるひさ)(「国家を哲学する施 光恒の一筆両断」より全文転載)



 まさにおっしゃる通りです。

 長期的視点を忘れた国づくりを長年続けてきた結果、土木・建設の分野は自分達の需要を自分達が供給出来ない事態にまで陥っています。

 需要を供給が満たせない国、これを世間一般では発展途上国と言います。

 例えば豪雪地帯における道路の除雪作業が非常に困難になりました。

 除雪作業は従来、道路管理者が年間契約を結んで建設業者に委託していました。
 そこに、「公共事業悪玉論」が襲い掛かります。

 公共工事は軒並み指名競争入札が排除されました。
 それに取って代わったのが一般競争入札という入札システムです。
 それは入札価格が全ての弱肉強食の世界。
 建設業者は1円でも安い価格を提示せねばならず、自ずと利益率を圧迫していき、最終的には赤字でも請け負わざるを得ない状態となったのです。(従業員を遊ばせておく訳にはいかないので、当然そうなります)

 結果、固定費はどんどん削られていきました

 建設機械は殆どが売却され、必要な時にリース会社から借りるようになったのです。
 除雪機械も例外ではありませんでした。
 1年の内、冬季にしか使用せず、しかもその年に受注出来なければ全くのお荷物と化す除雪機械。必要な建機だと分かっていても、「リストラ」の対象とせざるを得なくなりました

 人も減らされました。
 社内に正社員が1人だけであとは発注に応じて雇い入れる、つまり「1人親方」の会社が日本全国あちこちに発生しました。

 請け負う側がそんな状態まで追い詰められたところに、豪雨や豪雪などの災害が襲い掛かりました。

 民家を押しつぶした土砂を取り除きたくても、リース会社までの道が寸断され、重機は届きません。道路を塞ぐ何メートルもの高さの雪を除雪したくても、除雪機械は手元にありません。
 急な事態なので、人を雇う時間もありません。

 以前なら半日で対応出来ていた事態に、為す術もなくなっていたのです。

 結局、発注側は「除雪機械を保有しているか」を総合評価(一般競争入札に技術や地域貢献などの評価を加えたもの)の加点対象としたり、自前で除雪機械を保有したり(当然、初期投資と維持管理コストがかかる)するなどの努力を続けていますが、根本的な解決には至っていないようです。

 やはり、こういった分野は長期的視点に立ち、随意契約や複数年契約など、受注者側の経営安定を認めるシステムを導入すべきだと思います。



 また、長期的視点を持たなかった結果、莫大な損失を生むケースもあります。
 その典型例が道路の用地買収です。

 必要な道路幅は、基準(道路構造令)が改定される度に車道空間や歩行者空間といった部分で拡がっていきました。

 戦後の構造令が出来た当初(昭和33年)は車も歩行者も混在する、混合交通が認められており、道路幅の節約にはなりましたが、車と歩行者の接触事故が絶えない一因となっていました。
 そこで昭和45年に構造令が全面改訂され、歩車分離が原則となり、必要な道路幅は拡がりました。

 昭和50年代には、公害問題に端を発する生活環境の悪化が問題となり、植樹帯やそれの拡大版である環境施設帯が追加規定されるようになりました。
 植樹帯は標準で1.5mの幅が必要です。
 また、環境施設帯は10~20mの幅が必要となります。

 このように、道路は年々その機能を充実させ、その分、広い幅が必要となってきたのです。
 昨年からは自転車と歩行者の分離が徹底され始めており、そうなると従来の自転車歩行者道ではなく、専用の自転車用通路が必要となってくるのは自明のことです。

 ところが、肝心の道路にそのスペースを確保する余裕がありません。現在でも、昭和33年基準で造られた道路は数多く残っており、交通事故や沿道の環境悪化といった問題を抱えたままになっています。そんな道路に限って沿道には家や商店、ビルなどがびっしりと立ち並び、拡幅には莫大な予算と長期間にわたる用地交渉が必要となっているのです。
 もし、道路を通すにあたって、余裕を持って用地買収をしておけば、後年の拡幅困難といった事態は避けられたかもしれませんし、道路の狭さを補う為に設置されたガードレールや防音壁といった醜悪な構造物は必要無く、水道管やガス管、電線は歩道や植樹帯の下に設置されるので、車道の通行規制は大幅に減っていたでしょう。

 逆に、こんな事例もあります。
 北九州市の戸畑区と若松区を結ぶ若戸大橋のエピソードです。
 若戸大橋の着工は昭和33年ですから、まさに混合交通の時代、人も車ものんびり行きかっていた頃です。
 当時、橋を架けるにあたって、当局は将来の自動車交通増大を見越して片側2車線の橋にしたいと考えました。
 ところが、上(大蔵省?)はそれを認めません。
 「交通量も少ない地方の橋に、片側2車線も要るか!建設費が余計に掛かって勿体無い!!無駄な道路は造らせない!!」
 当局は近い将来、日本でもモータリゼーションが起き、1家に1台のマイカー所有が当たり前の時代が来る、と確信しておりました。
 もし、その予想が当たれば、若戸大橋は完成後10年あまりで大渋滞を引き起こす問題橋になる筈です。そして、再び架橋を考えなければならなくなる・・・長期的視点で見れば、その方が結果的に高くつくことは明らかです。
 しかし、上(大蔵省?)を説得させられるだけの材料が無い・・・
 当局は悩んだ末、ウルトラCの屁理屈を考え出しました。
 「若松区は市内有数の漁村集落です。一方の戸畑区は北九州工業地帯の一角を担い、人口も急増しています。戸畑区の人々の食卓には若松で獲れた魚が並んでいます。もし橋が出来れば、若松区から戸畑区にむけて、魚屋の大八車が列を成すようになるでしょう。遅い大八車が自動車の通行を妨げないように、大八車の専用車線がどうしても必要なのです!」
 こうして、若戸大橋は車道の左側に世にも珍しい大八車専用レーンが設置されることとなりました。
 そして、時代はモータリゼーションに突入し、当局が予想したとおり、若戸大橋で渋滞が始まりました。
 しかし、当局は何も慌てません。十分な幅を確保した大八車専用レーンを廃止し、車道に転換したのです。
 こうして、ほとんどコストを掛けずに若戸大橋の4車線化が完成しました。

 この話は学生時代に聞いた話ですが、なまくらの脳裏に気持ちの良いエピソードとして残っていました。



 目先のコスト縮減に拘る上(大蔵省?)と長期的視点で橋のことを考えていた道路当局、どちらが正しかったのか、後世を生きる我々は知っています。
 しかし、今造られている橋や道路、川やダムや港や防潮堤などについて、我々は正しい視点を持って見ているでしょうか。
 「無駄な空港」の1つだった福島空港は、震災後、緊急物資の輸送に大活躍しました。
 「無駄な東九州道」「無駄な国道220号バイパス」「無駄な東九州新幹線」は将来、我々を救うでしょうか、それとも財政破綻の一員として非難を浴びるでしょうか。

 特に小さな政府主義者には考えてもらいたいのです。


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